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2021年3月30日

地域とともに取り組む災害復興研究

Interview研究者に聞く

2016年4月に福島県三春町に開設された国立環境研究所福島支部は、今年で5年が経ちました。福島支部では、東日本大震災の被災地の環境回復・環境創生を目指し、様々な地域の自治体や関係者と連携して、放射性物質の動態や環境影響の調査や被災地のまちづくり支援などを行ってきました。今回は研究グループ長の林誠二さん、フェロー(災害環境研究プログラム総括)の大原利眞さん、地域環境創生研究室の中村省吾さん、環境影響評価研究室の境 優さん、高木麻衣さんにこれまでの取り組みや地域との連携についてうかがいました。

研究者の林 誠二の写真
林 誠二(はやし せいじ)
福島支部研究グループ長
研究者の大原 利眞の写真
大原 利眞(おおはら としまさ)
フェロー(福島支部勤務)
研究者の中村 省吾の写真
中村 省吾(なかむら しょうご)
福島支部 地域環境創生研究室 研究員
研究者の境 優の写真
境 優(さかい まさる)
福島支部 環境影響評価研究室 主任研究員
研究者の高木 麻衣の写真
高木 麻衣(たかぎ まい)
福島支部 環境影響評価研究室 主任研究員

福島支部ができて5年

Q:福島支部ではどんな研究をしているのですか。

中村:地域環境創生研究室で、主に奥会津地域にある三島町を対象に、森林などの地域資源を利活用したまちづくりとして、木質バイオマスエネルギーの導入検討を行っています。
大原:震災後に立ち上がった災害環境研究プログラムの全体のとりまとめをしています。もともとは大気汚染のシミュレーションモデルを使った研究をしていて、今でも放射性物質の大気中の挙動に関する研究をしています。
林:研究グループ長として、支部全体の研究をマネジメントしています。いわば見張り役です(笑)。私自身は、原発事故で拡散した放射性セシウムの環境中の挙動や環境への影響を調べています。県内は会津、中通り、浜通りの地域に分けられていて、放射能汚染が最も深刻なのは浜通り地域です。その浜通り地域で河川流域における放射性セシウムの動態や生態系への移行を調査し、汚染の低減方法について研究しています。
境:2020年の4月に福島支部環境影響評価研究室に赴任しました。森林や河川の生態系での放射性セシウムの動態を調べ、管理が可能かどうかを明らかにしています。動植物が好きなので、動物や植物の関係性にも注目しています。
高木:環境影響評価研究室で、人々がどのような経路で、どのくらい被ばくしているかを推定しています。浜通りの山間部に位置する飯舘村で、住民の方々と一緒に大気中や家屋内の放射性セシウムのモニタリングなどをしています。

国立環境研究所で進める災害環境研究と福島支部
国立環境研究所は、東日本大震災の直後から、災害と環境に関する研究を行ってきました。第4期中長期計画期間(2016~2020年度:「第4期」と略)においては災害環境研究プログラムを設け、2016年4月に福島県三春町に開設した福島支部を現地拠点として研究を実施してきました。さらに、第4期における取り組みの蓄積をもとにして、第5期中長期計画期間(2021~2025年度:「第5期」と略)では、福島県内の被災地において、地域環境の再生・管理と環境創生に貢献する地域協働研究を開始する予定です(「サマリー」参照)。

Q:福島(三春)の印象や福島支部の雰囲気はいかがですか。

境:自然に恵まれており、虫がたくさんいてとても楽しいです。
高木:桜もきれいですよ。
林:豊かな森に囲まれていて素晴らしいところですが、山奥で調査車両のタイヤがパンクした時は大変でした。
中村:冬はさすがの寒さですが、住んでいるのが街の方ということもあって日常生活では雪の影響は少ない印象です。ただ、会津の方に冬に調査に行ったときは豪雪地帯の凄さを思い知らされました。。
大原:日本酒はおいしく、温泉もあっていいところですね。
境:着任してまだ半年ですが、来たばかりの私にとっては、いろんな分野の研究者がいることがおもしろいです。環境問題は複合的ですから、環境問題の解決にはそれに関わる複数の学術領域をつなげることが大事です。同じ地域を見るときに水の専門家と生き物の専門家がそばにいてすぐに話し合えるなど、研究者の距離が近く、それがすぐできるのは楽しいです。
林:いろんな専門家がいて、様々な観点から話がしやすいですね。
大原:考えが柔軟な若い人も多いです。

Q:福島支部ができて5年が経ち、研究の成果など手ごたえはありますか。

林:支部ではそれぞれの分野の研究で成果が上がってきています。放射性物質の環境動態については、チェルノブイリ事故に関するヨーロッパやロシアの研究で得られた知見を活かしつつ、気候帯や地形も異なることから、日本や東アジア固有の問題として取り組んできました。環境動態に関する実態の把握から今後の推移に関してはまとまった成果が出つつあります。特に生物生態系への放射性セシウムの移行や影響については、国内で有数のよい成果を出しているのではないでしょうか。環境に配慮した地域の復興に関する研究については、地域との協働が精力的に進められてきたと思います。
中村:地域環境創生研究室では、浜通り地域のいちばん北にある新地町で復興まちづくりの支援研究を行ってきました。JR新地駅周辺のまちづくりと相馬港のLNG(液化天然ガス)基地を連携させた効率のよい地域エネルギーシステムをつくり、町の復興に繋げる取り組みです。2018年には新地エネルギーセンターが竣工し、町も出資した新地スマートエナジー株式会社が設立されるなど、大きな進展がありました。新地町の研究で蓄積した知見を福島県内の他の地域にも展開しようとしています。

復興は道半ば

Q:現在の被災地の状況はどうですか。

放射能測定用に採取した森林の落葉の写真
放射能測定用に採取した森林の落葉
前処理(粉砕)後の状態の写真
前処理(粉砕)後の状態

林:放射能汚染の状況自体は、事故直後に比べると劇的に回復しています。いまでは、避難指示基準である年間被ばく量20ミリシーベルトを超える地域は大きく減少しました。
大原:実態はだいぶ違いますね。一時は除染で出た東京ドーム18杯分もの除去土壌等が、仮置き場に積まれて異様な光景でした。いまは浜通りに整備された中間貯蔵施設への運搬が進み、普通の光景に戻りつつあります。でも、環境汚染以外の問題は解決していないことが多いのです。浜通りの避難指示が解除された地域には、人が戻っていません。放射線の問題もありますが、インフラは整備されず、仕事もないなど、生活ができるような社会環境になっていないので、元の家に帰りたくても帰れない人がたくさんいます。問題解決への道のりは遠く、浜通りの復興は道半ばという印象です。
高木:飯舘村は「日本で最も美しい村」の1つに選ばれたところで、きれいな場所が変わってしまったのを目の当たりにして、復興に貢献したいと強く感じました。月に1~2回ほど訪問する中で、除染活動や除去土壌等が片付いていく様子など村の変化を見てきました。運動公園や生活施設など復興してきた印象はあります。2017年3月に村の大部分の避難指示が解除されたものの、まだ住民の3割くらいしか戻ってきていません。
境:私は、国立環境研究所へ赴任する前の2012年から隣の二本松市で森林や河川などの放射性セシウムの動態を調査していました。当時の避難指示区域内(川俣町山木屋地区)に行ったとき、田んぼにはイネがなく、セイタカアワダチソウが一面に生えていて、人がいない異様な光景になんとも悲しい気持ちになったのを覚えています。人が住んでいる生活圏や農地では除染が進み、汚染が改善しましたが、それ以外の森林域では除染が行われていません。ですから、山林に入れば放射性セシウムはまだたくさん残っており、キノコや山菜など森の恵みをあきらめざるを得ない地域もまだ多くあります。

Q:放射性セシウムは移動しないのですか。

降雨時に採取した河川水から懸濁物質を回収している写真
降雨時に採取した河川水から懸濁物質を回収
放射能測定用試料を作成の写真
放射能測定用試料を作成

林:当初、雨が降れば、土砂とともに環境中の放射性セシウムは大きく動くと考えたのですが、実際はそうではありませんでした。大量の放射性セシウムが沈着した森林では、雨水の土壌浸透能が高いため土砂そのものの流出が少ないことが大きな要因の一つと考えています。一方で、放射性セシウムは、表層部分の土に吸着した状態で存在し続けます。移動しないということは、自然に減衰する分しか放射能は減りませんから、森林にすむ生物などへの汚染は続くだろうと考えられています。
境:福島県では花崗岩地質が広く見られ、それ由来の粘土鉱物が、作物への放射性セシウムの移行を抑えていることも考えられます。
林:作物への移行について補足すると、水田に一定量のカリウムを追加的に施肥することで、イネへのセシウムの移行を抑える対策も取られています。それもあって福島県内では2015年以降、放射性物質濃度の基準値を超えた米は出ていません。

次の5年は協働も加速を

Q:地域の人とどのように研究を進めるのですか。

中村:三島町では、まず役場との関係づくりから始めて、地域の事業者やNPOなど様々な関係者を紹介してもらいました。地元で長年取り組まれているので、地域づくりに対するモチベーションが高く、私たちの調査にもアドバイスをいただけてたいへん助かっています。他の地域でもまずは公的なところから入って、少しずつ地域の皆さんとの協働につなげていくことが多いです。
高木:飯舘村では、2012年から大気中の放射性物質のモニタリングを開始しました。元研究者や現役研究者、住民が立ち上げたNPOや村役場と協働して実施しています。その他、住居内の調査や、山菜やキノコの調査も、住民の方と一緒に行っています。研究者が独自にデータをとって伝えるよりは、データへの信頼性も高まり、地域の人々と一緒に調査をすることの重要性を感じました。近年は、サルやイノシシが出てきて農地や住宅の敷地を荒らすなど野生動物が問題になっています。
林:まさしくサルの王国ですね。人がいなくなるとどうしても野生動物が多くなります。特にイノシシの対策にはどこの自治体も頭を悩ましています。この地域の場合、イノシシを捕獲しても体内の放射性セシウム濃度が高いため、食用にできませんので、食用以外の対策を考えなければならないのです。
大原:イノシシやサルの対策は県内のみならず、全国の中山間地でも大きな問題です。福島県で解決できればそれをほかの地域へ広げていくことができます。ただ、そのためには私たちは科学的な知見を出すだけではなく、対策を実施する自治体などにつなげることが必要です。
大原:中村さんたちは新地町や三島町などでよい事例をつくり、研究をリードしてくれています。しかし、福島が抱えている問題と照らしあわせると、地域と一緒になって取り組むことがより求められていると感じます。この5年で地域との協働が進みましたが、次の5年ではもっと加速することが必要です。自治体以外の関係者、例えば地元の企業や次世代の若者と、問題解決に向けて一緒に考え行動していくことも重要です。
境:これまで福島支部は、郡山市の中学生に対して出前講義をやってきました。それを継続しつつ、近隣の高校生と勉強会ができないかと考えています。2022年から学習指導要領が改訂され「総合的な探究の時間」が始まります。それを踏まえて、すでに地域の問題について調べ、解決法を考える授業を始めている学校もあります。次世代が柔軟な発想で地域の問題解決を導く過程で、一緒に考えたり、助言したりして協力するような貢献をしていきたいです。次世代の人に伝え、ともに問題を解決し、将来を考えることも福島支部のミッションとして大事になると期待しています。

地域に根ざした研究に

Q:地元の人とのつながりは深まりましたか。

福島県プロジェクションマッピング「3Dふくしま」の写真
福島県プロジェクションマッピング
「3Dふくしま」(コミュタン福島に常設展示中)

境:よそ者の私たちが調査するには、地域の人々にいろいろなことを教えてもらわなければできません。一方、私たちも調査でわかったことを地元の人に伝えるというキャッチボールのような双方向型のアウトリーチが、研究として実りあるものだと感じます。
大原:地元とのつながりができたことが5年間の最大の成果かもしれませんね。
林:フィールドに調査に行ったとき、ここで暮らしているほうが地元の人ともうちとけやすくなります。研究者の意識も変わり、地域に研究の成果を還元したいという気持ちが強くなりました。調査のたびにつくばから福島に通っていたら、なかなかそういう考えは生まれなかったかもしれません。
大原:国立環境研究所の研究は大きく地球規模と地域規模のものに分けられます。私はずっと地域環境の研究に携わってきましたが、地域と結びついた研究には必ずしもなっていなかったように感じます。しかし、福島支部ができたことによって地域とのつながりの強い環境研究が本格化しました。地域に対する環境研究は、地域に根ざしたものであるべきです。このような地域協働型研究のスタイルが、つくばの本部へ、さらに日本、世界の環境研究に浸透していくことを期待しています。そして福島支部でもますます地域協働を進めていくことが重要です。
林:私も以前は、地域の環境に関する調査はしても、地域に成果を還元することはそういうことが得意な外部の人たちにまかせがちでした。それは、必ずしも研究者の役割ではないと思っていたのです。でも、あまりうまくいかずに思案していたところで、縁あって福島にくることになりました。そして、研究者自らが、研究成果を地域につなげないといけないと気が付きました。とても大変で時間を要することですが、つなげることで地域の復興や環境保全の実現などにより効果的に結び付くのだと思います。
大原:その手段こそが協働です。
境:地域規模の研究も地球規模の研究も方向は変わらず、どちらの研究もつながります。たとえば獣害も大きな規模では気候変動と関わる部分があります。様々な規模の研究がつながることが、地域にも地球にも問題解決に有用な手がかりをもたらすのではと思います。
林:結局、バランスなんだと思います。福島支部にはいろんな分野の研究者がいて、サイエンス寄りの人もいれば、地域や社会への実装といった出口に近い研究を志向する人もいて、それぞれの研究のスタイルも多様です。多様な研究者が集まって、それぞれの切り口で研究できること、お互いがそれを理解し、尊重しあえることが地域環境研究にとって重要だと思います。

福島県三島町から~「山林を活かす取り組み」

一般社団法人会津自然エネルギー機構代表理事 五十嵐乃里枝さん

只見川流域に位置する三島町。その面積のほとんどが山林という当町にとって、それをどう活かしていくかが課題です。小規模分散型のエネルギーで地域の中で経済を循環させようと、三島町でも山林をバイオマスエネルギーとして活用する取り組みが始まりました。山を動かすには、何といっても地域全体の理解と協力が重要となります。我が三島町の取り組みはまだ入り口に立ったばかり。これからが正念場です。
三島町地域政策課係長 五十嵐義展さん

2017年に三島町は国立環境研究所と環境と調和したまちづくりに関する調査等の連携協定を締結しました。森林資源の活用と再エネ設備導入に向け、アンケートや現地調査、町民講座などを開催したことが、三島町地域循環共生圏推進協議会の立ち上げにつながりました。町施設の生活工芸館に薪ボイラーによる冷暖房システムを入れて具体的な取り組みが実践できたことは大きな前進。さらなる連携を深めて地域循環の実践の幅を広げていきたいです。

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