ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2019年12月24日

ニホンウナギから見た森里川海の絆の再生と環境DNA分析

特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【研究ノート】

亀山 哲

背景と目的

自宅でペットとして飼っていたウナギの写真
写真1 茨城県那珂川で入手して筆者が自宅でペットとして飼っていたウナギ。餌としてミミズを好み、水温が上昇する5月頃から1日1-2匹程度捕食する。水槽の水を汲み、環境DNAを分析した結果「ニホンウナギ」でした。(現在、国内には既に複数種のウナギ属が確認されています。このため厳密には「ウナギ類」と表記すべきですが、本稿では国内に生息するウナギ属を示す場合「ウナギ」と表記します。)

 我々の研究では、森里川海の生態系を繋ぐ代表的な環境指標種、また絶滅に瀕した国際的にも貴重な生物としてニホンウナギを捉えています。そして、ニホンウナギの資源量の回復に加え、流域圏における生息適地や移動経路の保全と復元が研究の目的です。更に一連の活動の先には、ニホンウナギを含む他の絶滅危惧種の保全と人間の社会活動とがしなやかに調和した「自然共生社会」の実現を目指しています。自然共生社会とは、生物多様性のもたらす恵みを将来にわたって利用でき、自然と人間との調和ある共存が確保された社会の事です。

 森里川海を繋ぎ、かつ我々日本人にとって非常になじみの深いニホンウナギ。しかし、乱獲や生息地の劣化に加え、森里川海の繋がりの脆弱化がニホンウナギを絶滅の危機に追い込んでいます(写真1)。また本稿では、革新的な生態系モニタリング技術である環境DNA分析にも触れ、その技術が持つ流域圏の研究分野における有効性について説明します。

ニホンウナギという生物

 ニホンウナギという生物の特徴について二つ説明します。

広域回遊性と降河回遊魚

 降河回遊魚(こうかかいゆうぎょ)とは、生活環の大部分を淡水域で生活し、産卵のために川を下り、海へ移動する魚類の事です。東南アジアに生息するニホンウナギは、非常に広くかつ長い回遊経路を持つことが大きな特徴です。例えば、産卵場所のマリアナ諸島の西側から、私が直接ウナギの標本を確認した釧路川までの距離は、海流を辿った場合、約6,200kmもあります!!

 意外にも、ニホンウナギの産卵場所が見つかったのは比較的最近であり2006年2月です。当時東京大学海洋研究所におられた塚本勝巳博士と青山潤博士らが、マリアナ諸島の西方海域で産卵地点を発見しました。

 孵化後、レプトセファルスと呼ばれるヤナギの葉の形をした仔魚は、西太平洋海流と黒潮を利用して台湾・中国・韓国そして日本の沿岸域にたどり着きます。そして沿岸域に接近したレプトセファルスは体長が少し短くなり、細長いシラスウナギに変態します。その後、捕食者に狙われにくい夜間、潮の干満のタイミングに合わせ河川に遡上するのです。この時期の小型のウナギはクロコと呼ばれており、川の中・上流域まで遡上するグループと、そのまま汽水域に留まるグループの二つが存在することが知られています。これらの流域圏のウナギはオスで約8年、メスで約10年成長した後、銀ウナギとして再び産卵地である熱帯の海域を目指すのです。

国際的な絶滅危惧種としてのニホンウナギ

 2009年時点で、全世界のウナギの種数は亜種を含めて19種と言われています。その中で、長年日本に生息するウナギ属は、固有種とされるニホンウナギ(Japanese eel、学名:Anguilla japonica)とオオウナギ(Giant mottled eel、学名:Anguilla marmorata)とされてきました。しかし近年、新たにヨーロッパウナギ(学名:Anguilla anguilla)の自然環境下での生息が確認されています。この中でニホンウナギは、2013年2月環境省レッドリストの絶滅危惧IB類(Endangered)に指定され、また欧州に生息するヨーロッパウナギは2001年の国際自然保護連合IUCN (International Union for Conservation of Nature)レッドリストにおいてさらに上のCritically Endangeredクラスに指定されています。

生息地モニタリングにおける環境DNA分析の有効性

 ウナギの持つ生態学的な特徴の一つは「夜行性」です。つまり、夜に隠れ場所から泳ぎ出し、餌を求めて活動が活発になります。その為、通常昼間に行われる水生生物調査ではどうしても発見が難しく、情報としては「偽陰性」の可能性が高くなるのです。

 その問題を解決してくれる強力な技術が「環境DNA分析」です。環境DNA分析は、他の章で詳細に解説されている通り、海・川・湖沼・土壌等の環境中に含まれる生物のDNAを分析して、そこに生息する生物の種類やおよその生物量を把握する技術の事です。この技術のお陰で、ウナギのみならず他の水生生物についても、存在確率の高い地点を特定でき、また遺伝情報等の膨大なデータを得ることが可能となってきました。

 既存の調査法と比較した場合、環境DNAを用いた水生生物(特に絶滅危惧種のような希少生物)のモニタリングには、次の利点があります。

1) サンプリング方法は、基本的に調査地での採水のみ。つまり大規模河川など従来調査が困難な場所でも行え、また特別な採集道具も不要です。また注意点を守れば専門家でなくても調査が行えます。

2) 現地での作業は非破壊・非侵襲的であり、通常の調査と比べ生息地へのダメージが少なく、現地の改変はほとんど有りません。

3) 環境DNAの分解や他の試料の混入が無ければ、非常に分析精度は高感度です。この為、生息数が少なく捕獲が難しい希少生物や、一日の行動時間が限られている種でも検出が可能です。

 また更に、環境DNA分析のモニタリングにおける有効性の一つは、生物多様性や生態系の保全における「予防原則」にあると我々は考えています。つまり、最近見られなくなり、絶滅の惧れのある対象生物を、捕獲したり直接的に観察出来ない状況であっても「密かに生息している可能性が非常に高い」と判断出来るわけです。つまり、環境DNA分析の長所を活かした予防原則の考え方とは、「特定の生物種の減少や生息地の急激な縮小に関して、原因と結果の明確な因果関係が証明されていない段階でも、取り返しのつかない状態に陥る恐れがあるときは、事前に対策を講じるべきである。」というものです。

 環境DNA分析によって、ウナギに留まらず、淡水魚類全体の種の多様性やこれまで発見が困難であった絶滅危惧種に関する生息環境をモニタリングすることが可能になりました。

 図1は愛媛県中央部を流れる一級河川、重信川における淡水魚類の種の多様度マップです。調査年は2017年。丸印の大きさは、各地点で確認された淡水魚類の種数を表しています。黄色の丸印は、既存の魚類調査の結果。緑の丸印は環境DNA分析による調査結果です。図中の下の表は環境DNA分析の結果発見された具体的な魚種名です。赤い行は環境省レッドリストの絶滅危惧EN(Endangered Species)クラスを示します。同様に黄色の行は準絶滅危惧NT(Near Threatened)、青い行は情報不足種DD(Data Deficient)を示しています。(愛媛県レッドデータブック2014)。

 環境DNAを分析することによって、各調査地点ではニホンウナギ以外にも、県レベルで絶滅危惧種に指定されているオオウナギ(Anguilla marmorata)、シロウオ(Leucopsarion petersii)、オイカワ(Zacco platypus)等の生息が予測されました。

 流域内の色の付いた範囲はダム等の河川構造物によって既に分断されている小流域です。黄色→オレンジ→赤色→青に従って、より古くからその小流域が分断されていることを示しています。

 ダムに代表される河川横断構造物は、大規模洪水に対する減災や水資源の確保の為に、人間社会にとって非常に重要な存在です。しかしその一方、森里川海の生態系の絆を分断する、つまり、「ニホンウナギの様な海と川を行き来する回遊性魚類の移動を阻害する」という負の側面も持ち合わせています。この生物生息地の分断や回遊性魚類の分布状況を把握する為に、例えば実際に回遊性魚類の移動を妨げているいわゆる「魚止めの構造物」の探索といった目的で環境DNA分析が利用されています。

淡水魚類の種の多様性マップ
図1 愛媛県の重信川における淡水魚類の種の多様度マップ。丸印の大きさは各地点で確認された淡水魚類の種数。黄色の丸印は既存の魚類調査の結果、緑の丸印は新たに環境DNA分析の結果得られた種数。図中下の表は環境DNA分析の結果発見された具体的な魚類名を示す。(愛媛大学、井上幹生教授、三宅洋准教授、徳島大学、河口洋一准教授らとの共同調査研究の一部を抜粋。)

ニホンウナギが健やかに暮らす豊かな自然共生社会の為に

 大伴家持(718-785)が万葉集に歌を残しているほど、ニホンウナギと日本人は非常に長い歴史的・伝統的な結びつきがあります。しかし現在、この長く続いたウナギと人間社会の絆を綻ばせているのは、残念ながら人間の側であると言わざるを得ません。

 勿論、淡水魚類が絶滅に瀕している原因は複合的で、簡単に原因を特定しにくいのも事実です。しかし現在、河畔林や氾濫原といった生息適地の消滅や人為的な流域の改変、また農薬等の化学物質などの影響は無視できない状況にあります。悲しい現実ですが、それらの影響が「明確」だとしても、今すぐに人間社会から全ての要因を完全に排除することも不可能なのです。

 現在、環境DNA・GIS(Geographic Information System、地理的位置情報を基に、空間データを総合的に管理・解析し、視覚的に表示して、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術)といった新しいツールを手にした我々が、社会のターニングポイントに居ることを忘れないで下さい。未来の人々がより安全に、また真の意味で豊かに暮らし続ける為に、何が必要であるかを冷静に見極め、勇気を持って様々な課題に取り組みたいと我々は考えています。

(かめやま さとし、生物・生態系環境研究センター 生態系機能評価研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の亀山哲の写真

ニホンウナギでアングラーデビューを果たしたのは、小学校一年生の夏。香川県の実家に接して流れる弘田川でした。祖母が作ってくれたうな丼、少し硬かったけど美味しかったなぁ~。2018年より、京都大学;森里海連環学教育研究ユニットの精鋭部隊と特任教授として協働研究をしています。「変人」だから、仲間に入れてくれたようです。環境DNAは信頼出来得る、すごい技術。ですが、趣味は釣り全般なので、「調査せよ。」と言われれば「釣査」したいのが本音です。仕事と道楽が完全に融合していると巷で語られていますが、ここだけの話、全て真実です。

関連新着情報

関連記事