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2023年4月18日

発表機関ロゴマーク
牧野富太郎博士ゆかりの水草ムジナモ(絶滅危惧IA類)
国内自生地を発見

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、新潟県政記者クラブ、金沢経済記者クラブ同時配付)

2023年4月18日(火)
国立環境研究所
中央大学
新潟大学
 

 西原昇吾(中央大学)は、2022年10月、石川県内の農業用ため池において「ムジナモ」を発見しました。西廣淳(国立環境研究所)と志賀隆(新潟大学)の参加により現地環境調査と遺伝解析を行った結果、発見されたムジナモは人為的に導入されたものではなく、環境改善の結果出現した自生個体群である可能性が高いと判断されました。
 ムジナモは国内では1890年に牧野富太郎博士によって発見されて以降、国内の複数の場所で発見の記録がありましたが、1960年代後半までには国内のすべての野生個体群が消失し、人為的に再導入された2個体群のみが現存していました。今回発見された個体群は、「人為導入に由来しないと推測される国内唯一のムジナモ個体群」となります。
 農業の近代化に伴い、小規模なため池は管理放棄や埋立ての対象になりがちですが、生物多様性保全上、かけがえのない価値を有するため池が存在することを示す結果と言えます。
 本成果は生物多様性分野の国際学術誌『Journal of Asia-Pacific Biodiversity』に掲載されました。

1. 内容と発見意義の概説

 水生昆虫の研究者で内科医でもある西原昇吾は、金沢大学医学部在学中から過去20年以上にわたり、ゲンゴロウ類などの調査のため、北陸地方の地域に存在する小規模な農業用ため池での現地調査を行ってきました。その一環で2022年10月に石川県内の一つのため池*1を訪れた際、ムジナモと思われる水草を発見し、西廣淳と共同で現地調査を行いました。また標本を志賀隆に送り、詳細な形態観察と遺伝解析を行いました。その結果、生育していた植物は間違いなくムジナモであること、発見されたため池には推定9,560個体が生育していることがわかりました。

 ムジナモ*2は浮遊性(地面に固着せず水に浮いて生育する)の食虫植物で、世界ではアフリカ、オーストラリア、ユーラシア、そして日本での分布が知られています。ムジナモの分布域は広いものの減少が著しく、世界全体で50か所程度でしか生育していないとされ、IUCN(国際自然保護連合)による世界全体のレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)では "Endangered(絶滅危惧)"とされています。
 日本では、牧野富太郎博士により東京の江戸川のほとりの用水池において1890年に発見され、ムジナ(アナグマ)のしっぽに似ていることからこの和名がつけられました。数々の新発見をした日本植物学の巨人である牧野博士にとってもムジナモの発見は特別なものであり、晩年に記した回顧録において「時々思い出しては忘れもしない ムジナモなる世界的珍奇な水草を わが日本で最初に発見した物語り」(草木とともに 牧野富太郎自伝 角川ソフィア文庫)と書かれています。
 日本ではその後、京都の巨椋池など複数の場所でムジナモの生育が確認されました。しかし1960年代後半までに、池の埋立てや水質の悪化などのためにほぼすべての自生地で消失してしまい、現在では、自生地での消失前に移植・育成していた個体の再導入による個体群が、埼玉県内と奈良県内に存在するのみとなっていました。日本のレッドリストでは、絶滅の危機のレベルが最も高い「絶滅危惧IA類」となっています。

 ムジナモは趣味で栽培されることもある植物ですが、今回発見された個体群は栽培個体を導入したものではなく、自然に発芽・成長したものであると推測されます。その理由は以下の通りです。①同じため池において前年まではまったく見つかっていなかったこと(導入した個体から増殖した場合は年々増加するはず)、②ため池の所有者により最近になって周辺の樹林の間伐が行われたこと(日照条件の改善によりムジナモの発芽が促された可能性がある)、③ため池は個人所有でありむやみに人が立ち入る場所ではないこと(西原は地権者の許可を得て水生昆虫の調査をしてきた)、④遺伝解析の結果は発見された個体が国内由来であることを支持していること。

 今回発見された個体群は、「人為導入に由来しないと推測されるムジナモ個体群」としては国内唯一のものとなります。この個体群を保全するためには、ため池の水源である湧水の水量・水質を守ること、コンクリート護岸化などによるため池環境の改変を避けること、アメリカザリガニなどの侵略的外来種の侵入を阻止すること、水位管理などの伝統的な管理の継続を支援することなどが重要と考えられます。
 また今回の発見は、生物多様性保全上重要なため池が今後も発見される可能性があること、現時点での生物相だけでなく周辺環境の改善により絶滅危惧種が出現する場合があることを示唆しています。近年、防災上の理由や農業様式の変化に伴い、ため池の改廃(埋立てや護岸の強化)が全国的に進行していますが、これらの検討においても慎重な対応が必要であると考えられます。

2. 注釈

*1 種の保全のため、自生地の場所の詳細については差し控えます。
*2 ムジナモ(Aldrovanda vesiculosa L. モウセンゴケ科)
以下の写真は今回発見された自生地で採取された個体を撮影したものです。

左上 ムジナモの個体(3個体)。右上 輪生する捕虫葉(葉が変形した器官でプランクトン等を捕らえて消化する)。下 現地での生育状況。

3. 研究助成

本研究の一部は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(4-2001)およびJSPS科研費(JP20K12262)により実施されました。

4. 発表論文

【タイトル】
The discovery of a new locality for Aldrovanda vesiculosa (Droseraceae), a critically endangered free-floating plant in Japan
【著者】Shougo Nishihara, Takashi Shiga, Jun Nishihiro
【掲載誌】Journal of Asia-Pacific Biodiversity
【DOI】10.1016/j.japb.2023.03.013(外部サイトに接続します)

5. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
副センター長
 西廣淳
中央大学 理工学部兼任講師
 西原昇吾
新潟大学教育学部
准教授
 志賀隆

6. 問合せ先

【研究全般・絶滅危惧種の保全に関する問合せ】
国立研究開発法人 国立環境研究所 気候変動適応センター
副センター長
西廣 淳

【自生地の状況・発見のいきさつに関する問合せ】
中央大学 理工学部兼任講師
西原 昇吾

【遺伝解析・日本の水生植物に関する問合せ】
新潟大学 教育学部 准教授
志賀 隆

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

中央大学 研究支援室研究広報担当
kkouhou-grp(末尾に”@g.chuo-u.ac.jp”をつけてください)

新潟大学 広報事務室
pr-office(末尾に”@adm.niigata-u.ac.jp”をつけてください)

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