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2023年12月5日

共同研究のロゴ
騒音下で多様なものを食べるバッタたち
~自動車騒音が道路から数百メートル以内のバッタ類の食性変化を引き起こすことを解明~

(北海道教育庁記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境問題研究会同時配付)

2023年12月5日(火)
北海道大学大学院
国立環境研究所
 

ポイント

  • 自動車騒音が、鳥類の個体数や捕食の頻度など生態系全体に影響を及ぼすことを解明。
  • 特に無脊椎動物消費者(バッタ類)の食性を変化させることが今回初めて明らかに。
  • 騒音に晒されたバッタ類は食物の多様性が増し、騒音の音圧が背景騒音と同程度の所でもその影響が及ぶことを解明。

概要

 北海道大学大学院地球環境科学研究院の先崎理之准教授らの研究グループは、国立環境研究所生物多様性領域の角谷 拓室長、安藤温子主任研究員と共に、陸上の主要な人為的な騒音の一つである自動車騒音が、鳥類の個体数や捕食の頻度等だけでなく、無脊椎動物消費者であるバッタ類の食性を多様化させ、その影響は騒音が十分減衰する騒音源から300m程度の範囲でも生じることを解明しました。
 近年、自動車や航空機等から出る騒音が野生動物に与える影響が問題視されています。しかし、従来の研究は脊椎動物の行動に対する騒音の影響に注目しており、植物や小動物の死骸等の消費を通して重要な生態系機能*1を担う無脊椎動物に対する騒音の影響は十分に調べられてきませんでした。
 そこで研究グループは、騒音の野外再生実験とDNAメタバーコーディング技術*2を組み合わせて、自動車騒音が草原生態系における雑食性バッタ類の食性にどのように影響するのかを調べました。その結果、騒音に晒されたバッタ類は、特定の食物を専食するのをやめ、より多くの種類の食物を摂取するようになりました。また、この食性変化は、高レベルの騒音に晒された場所に加えて、騒音が十分減衰する騒音源から300m程度離れた場所でも検出されました。さらに、そのメカニズムを調べたところ、この食性変化は、鳥類や捕食圧*3の減少といった騒音の間接効果ではなく、騒音の直接効果によって説明されることが分かりました。本研究から、騒音汚染は陸域の生態系機能を担う無脊椎動物の食性に影響する重要な要因であること、その影響は従来想定されていた範囲よりも広域に及ぶ可能性があることが明らかになりました。
 なお、本研究成果は、2023年10月13日(金)公開のEcology Letters誌に掲載されました。

バッタの写真画像
実験に用いたヒナバッタ(左)、ウスイロササキリ(中央)、ヒメクサキリ(右)

背景

 近年、自動車や航空機等に起因する人為的な騒音が、生物や生態系に与える影響が問題視されています。例えば、鳥類や哺乳類などの脊椎動物が騒音に晒されると、他個体の声を聞き取りにくくなったり、強いストレスを感じたりすることが分かっています。さらに、こうした影響は、個体の繁殖成功度や生存率の低下、生息地放棄を引き起こすこともあります。そのため、騒音が生物や生態系に与える影響の理解は、生物多様性保全上の重要な課題の一つとみなされています。
 このように、従来の研究は、鳥類や哺乳類を含む脊椎動物の行動への騒音の影響に注目したものが多く、種数やバイオマスの観点でも生態系の主要な構成メンバーである無脊椎動物への騒音の影響は十分に調べられてきませんでした。特に、無脊椎動物は植物や小動物の死骸等を食べることで、植物による一次生産や物質循環、生態系の安定性などの生態系機能に大きな影響力をもつと考えられていますが、これらの無脊椎動物の食性に対する騒音の影響は明らかにされていませんでした。

研究手法

 研究グループは、北海道胆振地方の草地で、自動車騒音の野外再生実験を行い、陸域の無脊椎動物消費者として代表的な雑食性バッタ類の食性に、騒音がどのように影響するのかを調べました。具体的には、スピーカーから騒音を流す処理サイト(6地点)と流さない対照サイト(6地点)を設け、さらに各サイトを二つの区画に分けました(近距離区・遠距離区)。この二つの区画は、処理サイトで騒音を流した際に一方が約50~70デシベル(近距離区:スピーカーから150m以内)、もう一方が背景騒音*4の大きさと同程度の約35デシベル(遠距離区:スピーカーから150~300m)になるように設定しました。この二つの区画を設けることで、騒音の影響がどの程度の範囲まで及ぶのかを明らかにすることが出来ます。そして、各区画で騒音再生前と再生中の二つの期間にウスイロササキリ、ヒナバッタ、ヒメクサキリなどの8種・約600個体のバッタ類の糞を採集し、糞の中に含まれる植物質及び動物質の餌をDNAメタバーコーディングによって調べました。また、騒音から影響を受け、かつバッタの食性にも影響すると思われる捕食者(鳥類)の密度、鳥類の捕食圧、バッタ類の密度も同時に調べました。

研究成果

 統計解析の結果、近距離区・遠距離区の双方で、騒音に晒されるとバッタ類の食物の多様性が増すことが分かりました(図1)。この傾向は植物質と動物質の餌の双方で検出されました。この結果は、騒音に晒されるとバッタ類は少数の特定の種類の食物のみを摂るのをやめ、より多くの種類の食物を摂るようになることを意味しています。さらに、この食性の変化は、騒音の直接効果によって説明され、騒音によって生じる鳥類の密度や捕食圧の減少は、騒音とは逆の効果を持つことが分かりました(図2)。驚くべきことに、騒音処理サイトにおけるこの影響は、騒音が十分減衰する遠距離区でも一貫していました。このことから、バッタ類の食性変化は、騒音が十分減衰する騒音源から300m程度の範囲でも生じていること、さらに騒音の大きさ以外にもバッタ類の食性に影響する要因があることが明らかになりました。

今後への期待

 バッタ類の食性の多様化は、バッタ類の生存に重要な体内代謝の悪化に関連していると考えられています。また、無脊椎動物の食性の変化は、生態系の中のエネルギーの流れを変えることで生態系のバランスを損ねる可能性があります。そのため本研究は、騒音がバッタ類の生存率や適応度だけでなく、生態系の機能にまで影響を及ぼしうること、さらにその影響は従来想定されていた範囲よりも広域に及んでいる可能性があることを示しています。
 騒音汚染は世界的に広がっており、その規模は現在も拡大を続けています。本研究は、このような騒音による影響から生物多様性や健全な生態系を守るためには、残された騒音による影響が及んでいない静かな地域を特定し保全していくことに加えて、騒音の影響が従来の想定よりも広域に及んでいる可能性が明らかにされた結果を踏まえ、自然保護区には十分な広がりのある緩衝地を設定することで、自動車が通行する道路などの騒音源への対策を強化していく必要性があることを示しています。これらの取り組みにより、劣化を続ける生物多様性や生態系の回復が期待されます。

論文情報

論文名 Noise pollution alters the diet composition of invertebrate consumers both in and beyond a noise-exposed grassland ecosystem(騒音に晒された草原生態系とその隣接地帯における無脊椎動物消費者の食性変化) 著者名 先崎 理之1,2、安藤 温子1、角谷 拓11国立環境研究所・生物多様性領域、2北海道大学大学院地球環境科学研究院) 雑誌名 Ecology Letters(生態学の専門誌) D O I  10.1111/ele.14323 公表日 2023年10月13日(金)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院地球環境科学研究院
准教授 先崎 理之(せんざきまさゆき)
https://masayukisenzaki.wixsite.com/senzaki

北海道大学社会共創部広報課
jp-press(末尾に”@general.hokudai.ac.jp”をつけてください)

国立環境研究所企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

参考図

図1の画像
図1.
野外実験による騒音再生がバッタ類の植物性食物の(a)多様度指数及び(b)特殊化度指数に及ぼす影響。多様度指数は、値が大きいほど各バッタが多くの種類の餌を均等に食べており、小さいほど少数の種類の餌を食べていることを示す。近距離・遠距離区共に、騒音を再生しない対照サイトでは、処理サイトで騒音を再生する前から再生中の期間にかけて多様度指数が減少するが(ピンク色の線)、騒音を再生した処理サイトでは再生前から再生中の多様度指数の減少の程度が緩くなるか(近距離区の水色の線)、増加する(遠距離区の水色の線)。特殊化度指数は、大きいほど実験区内のバッタ類群集が特定の食物種を食べていることを示し、小さいほどより多くの食物を食べていることを示す。近距離・遠距離区共に、対照サイトでは騒音再生前から再生中にかけて特殊化度指数が増加するが、処理サイトでは減少する。


図2の画像
図2.
バッタ類の植物性食物多様度指数に対する実験操作(騒音再生)の影響経路。数値は各経路の影響の大きさを示し、アスタリスクは統計的有意性を示す(* P<0.10、** P<0.05)。騒音を流すとバッタ類の植物性食物の多様度指数は大きくなる。一方、鳥類密度、捕食圧は小さくなり、これらはバッタ類密度を増やすことで、植物性食物の多様度指数を小さくする。

用語解説

*1 生態系機能 … 生態系における生物と環境との間に生じる相互作用とその帰結。生物による有機物の分解やそれによって駆動する物質循環など。 *2 DNAメタバーコーディング技術 … DNA配列から様々な生物の種やグループを網羅的に判別する技術。今回はバッタ糞中に含まれる生物のDNAを増幅し、既存のデータベースに登録されているDNA配列と比較することで餌生物を同定した。 *3 捕食圧 … ある生物が捕食者に食べられる割合や頻度。本研究では、バッタ類に対する鳥類の捕食の割合を示す。 *4 背景騒音 … 人為騒音が存在しない際の音の大きさ。

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