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2018年8月24日

近くて遠いお隣さん-生息地の分断により、わずか1㎞の距離でもアマミノクロウサギの遺伝子交流が絶たれる-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政記者クラブ同時配付)

平成30年8月24日(金)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
 研究員  安藤 温子
 研究員  久保 雄広

国立大学法人 筑波大学
山岳科学センター
 准教授 津田 吉晃

国立大学法人 福島大学
共生システム理工学類
 准教授 兼子 伸吾

環境省 徳之島自然保護官事務所
 自然保護官 沢登 良馬
 

   国立研究開発法人国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)と筑波大学、福島大学、環境省は、徳之島に生息するアマミノクロウサギは、数千年以上前から南北の生息地が分断されていた可能性が高いことを遺伝解析により明らかにしました。わずか1kmしか離れていないにもかかわらず、生息地間での遺伝的交流がないということは、基本的には高い移動性を有するウサギ類や島嶼性哺乳類において極めて意外な結果です。また、今回得られた知見は、絶滅が心配されるアマミノクロウサギの生態を理解し、生息地の保全策を検討する上でも重要な情報です。
   本成果は、平成30年8月24日(日本時間16時)にJournal of Wildlife Managementに掲載されます。

1.背景

   アマミノクロウサギPentalagus furnessiは奄美大島と徳之島にのみ生息する日本固有種です。生息地である琉球列島が大陸から隔離されたことにより、大陸に生息する近縁種が絶滅する中で生き延びた遺存固有種であり、琉球列島における生物多様性の形成過程を探る上で重要な生物です。同時に、生息地である森林の破壊や、マングース、ノネコなど人が持ち込んだ哺乳類による捕食の影響で絶滅の危機に瀕しています。
   徳之島におけるアマミノクロウサギの生息域は、現在道路や農地によって南北に分断されています。徳之島の面積は248km2であり、アマミノクロウサギの個体数も奄美大島より少ないと考えられています。このような小規模な島内で集団の分断が生じた場合、近親交配などによって遺伝的多様性が低下し、絶滅の危険性が高まる可能性があることから、徳之島南北の生息地の連結性を確保するための対策が検討されています。しかし、徳之島の集団の遺伝的な特徴について、学術的な調査は行われていませんでした。そこで今回は、徳之島の南北の集団間において遺伝子の交流が妨げられているのか、その場合、集団の分断がどの程度古い歴史を持つのかを明らかにするために、集団遺伝構造※1とその歴史の推定を行いました。

2.方法

   徳之島の林道及び沢においてアマミノクロウサギの糞を採取し、DNAを抽出しました。得られたDNAから、ミトコンドリアD-loop領域※2の一部の塩基配列を解読し、核マイクロサテライト遺伝子座※3の繰り返し配列の長さを測定しました。これらの情報をもとに、サンプルの遺伝子型を決定し、クラスタリングによって徳之島内に存在する遺伝的なグループを決定しました。また、南北の集団が分断された年代など集団動態の歴史を推定しました。

アマミノクロウサギの写真
写真1. アマミノクロウサギ

3.結果と考察

   徳之島南北におけるアマミノクロウサギの生息地は最短で約1kmしか離れていないにも関わらず、南北の集団は解読したミトコンドリアD-loop領域の塩基配列を全く共有しておらず、核マイクロサテライト遺伝子座の遺伝子頻度も異なっていました。クラスタリングによって推定された核DNAの遺伝的なグループはミトコンドリアDNAでみられた南北の集団と一致していました。これらの結果から、南北の集団は異なる遺伝的特徴を持ち、遺伝的に分化していることが明らかになりました。集団間の分化年代を推定したところ、数千年以上の比較的長い時間スケールにおいて、集団の遺伝的分化※4が進行していた可能性が高いことが推定されました。島嶼に生息する哺乳類について、このような小規模な地理的スケールでの遺伝的な分化は、一部のネズミ類を除いてほとんど報告されておらず、重要な発見であったと言えます。これまで、南北の集団の分断は近年の林業生産や道路整備によって引き起こされているものと考えられていました。しかし、今回の結果からは、徳之島が成立した頃の地形特性や、旧石器時代における人の入植による生息地の破壊など、より古い年代のイベントが分断に関与したことが示唆されました。江戸時代に普及したサトウキビ栽培に伴う森林破壊も、集団の分断に拍車をかけた可能性があります。さらに、アマミノクロウサギの移動分散能力が低いことも、集団が遺伝的に分化しやすい要因であったと考えられます。

遺伝子頻度に基づくクラスタリングによって示された、徳之島南北における遺伝的分化の図
図1. 遺伝子頻度に基づくクラスタリングによって示された、徳之島南北における遺伝的分化。地図上の点はサンプリング地点を、個々の棒グラフは、各サンプルが2つの遺伝的グループに属する確率 (%)を示す。

4.今後の展望

   徳之島南北の集団はそれぞれに固有の遺伝子のタイプを持つことから、島内の遺伝的多様性を維持するためには、南北双方の集団を維持する必要があることが示されました。また、南北の集団の遺伝的分化には、近年の人為撹乱だけでなく、様々な歴史的要因やアマミノクロウサギの生態特性が関係している可能性があることから、生息地の連結性を確保するための対策については、慎重な議論が必要であると考えられました。
   また、本研究は、世界自然遺産の候補地である奄美大島、徳之島の固有種の保全策において重要な知見を提供しました。また、他の島嶼生哺乳類においても、島内の遺伝構造やその背景を考慮した保全が推進されることが期待されます。

5.研究助成等

   本研究は、環境省請負業務「平成28年度徳之島アマミノクロウサギ遺伝的多様性分析業務」、並びに環境ゲノム推進経費において実施されました。

6.問い合わせ先

国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
研究員 安藤温子
   電話:029-850-2892
   E-mail:ando.haruko(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

7.発表論文

Ando, H., Tsuda, Y., Kaneko, S., Kubo, T. (2018) Historical and recent impacts on genetic structure of island rabbit. Journal of Wildlife Management.
※ 下線で示した著者が国立環境研究所所属です。

8.用語解説

※1 集団遺伝構造:遺伝的多様性や他集団からの遺伝的分化など、集団が持つ遺伝的な特徴。

※2 ミトコンドリアD-loop領域:ミトコンドリアDNAの中でも突然変異の速度が速い領域で、塩基配列の情報が種内の遺伝構造の評価によく利用される。動物ではミトコンドリアDNAは母性遺伝する。すなわち、子供のミトコンドリアDNA型は突然変異が起こらない限りは母親と同じ型となり、父親のミトコンドリア型は子供には受け継がれない。

※3 核マイクロサテライト遺伝子座:核DNAに存在する、単純な塩基配列の繰り返しを持つ領域で、突然変異によって繰り返しの数が変化する。核DNAは子供に母親、父親から半分ずつ受け継がれる両性遺伝をする。

※4 遺伝的分化:集団間で保持する遺伝子やその頻度に違いが生じること。