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2023年3月23日

共同研究ロゴマーク
大気観測から中国のCO2排出量の準リアルタイム推定法を開発
—波照間島・与那国島で観測されるCO2/CH4変動比に基づき推定が可能に—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

2023年3月23日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
海洋研究開発機構
 

 国立環境研究所地球システム領域の遠嶋康徳らの研究チームは、波照間島および与那国島における大気中の二酸化炭素およびメタンの大気濃度観測データを用い、中国から排出される化石燃料起源二酸化炭素の排出量変化を準リアルタイムに推定する手法を開発しました。本手法では、大気輸送モデルの解析から得られた、二酸化炭素とメタンの濃度変動比と中国の排出量比の関係を用いることで、観測される濃度変動比から冬季(1月から3月)の中国起源の二酸化炭素排出量を推定します。この手法により、2020年から2022年の中国からの化石燃料起源二酸化炭素排出量の変化の推定に成功しました。本手法は今後パリ協定に基づく排出量削減の検証に役立つことが期待されます。
 本研究の成果は、2023年3月2日付でSpringer社から刊行される地球惑星分野の学術誌『Progress in Earth and Planetary Science』に掲載されました。
 

1. 研究の背景と目的

 2015年12月に採択されたパリ協定注釈1では今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出量と吸収源による除去量との均衡を達成し、実質的に排出量をゼロにすることが各国間で合意されました。各国の削減目標の達成度は温室効果ガスの排出に関する各種統計データを集計して得られるインベントリに基づき評価されますが、こうした推定の不確かさをどのように低減させていくかが大きな課題となっています。そこで、世界中の研究機関は、衛星観測も含めて、大気中の二酸化炭素(以下「CO2」という。)やメタン(以下「CH4」という。)等の温室効果ガス濃度を高精度に観測するためのネットワークを整備し、観測から得られたデータを解析することで国や地域規模での温室効果ガス排出量の推定精度を向上させるための研究開発に精力的に取り組んでいます注釈2
 こうした中、新型コロナウイルスの感染拡大に起因する社会経済活動の停滞は化石燃料起源CO2(以下「FFCO2」という。)の排出量を減少させたと予想され、大気観測が予想されるFFCO2排出量の減少を捉えることができたかどうかが研究者にとって大きな課題となりました。この課題に対し国立環境研究所地球システム領域の遠嶋康徳らの研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、波照間島注釈3におけるCO2とCH4の観測結果を解析し、中国のロックダウンに起因するFFCO2排出量の低下に伴うシグナルを検出することに成功しました参考1。さらに、与那国島注釈4で観測されたCO2とCH4についても同様の解析を行い、ロックダウンに起因する変化が現れていることを明らかにしました参考2
 そこで当研究チームは、これまでの研究結果を踏まえ、大気輸送モデルも用いながら、波照間島と与那国島での観測結果から中国のFFCO2排出量の変化を準リアルタイムで推定する手法の開発に取り組みました。

2. 推定手法の開発

波照間島・与那国島におけるCO2とCH4の変動比

 冬季を中心とする期間、波照間島および与那国島で観測されるCO2とCH4には非常に似た短期間(数時間から数日程度)の濃度増加がしばしば見られます(図1)。これは、東アジアの季節風によって大陸から空気塊が輸送され、主に中国から排出されるCO2やCH4が同時に運ばれてくるためです。こうした短期間のCO2とCH4の変動の関係を見てみるとCO2とCH4の変動の間には直線的な関係が見られ、その直線の傾きはCO2とCH4の変動比(以下「ΔCO2/ΔCH4比」という。)を表します。ここで、ΔCO2/ΔCH4比は風上の放出源におけるCO2とCH4の放出量の比率と等しい関係にあると仮定することができます。これは、大気中の濃度の変動量は風上の放出強度と大気輸送によって決まるところ、2つの成分の変動の比をとることで輸送の効果が相殺され、変動比は風上の放出強度比をそのまま反映すると考えられるためです。したがって、冬季に観測される変動比の時間変化を調べることで、中国のCO2とCH4の放出量の関係がどのように変化したかを推定できます。特に冬季は生物起源のCO2やCH4の放出の影響が最も小さくなるため、観測されるΔCO2/ΔCH4比は主にFFCO2の変動を反映します。

図1 (左)波照間島(赤線)および与那国島(灰色線)で2020年1~2月に観測された(上)CO2および(下)CH4濃度の時系列。図中の青線はモデルによってシミュレーションされた変動を示す。(右)本研究において、波照間島・与那国島の大気中のCO2とCH4の変動比から風上の中国における放出比を推定するための基本アイデアの図。

 実際、波照間島と与那国島で1月から3月に観測される変動比の月平均値の変化を見ると注釈5、2000年代に増加していることが分かります(図2)。こうした変化は2000年代に中国が著しい経済発展を遂げFFCO2の排出量が急増したことを反映したものと考えられます。また、2020年2月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大防止対策としてロックダウンが実施された際、波照間島・与那国島のΔCO2/ΔCH4変動比は急激な減少を示しました。これは、ロックダウンによって著しく社会経済活動が抑制され、FFCO2の排出量が急激に減少したことを反映したものと考えられます。このような観測結果から、ΔCO2/ΔCH4比は中国の排出量の変化のよい指標になることが分かります。なお、韓国や日本ではなく中国からの排出量のよい指標となる理由は、波照間島・与那国島での観測に影響を与える領域が主に中国であり、中国からのFFCO2の排出量が韓国や日本の排出量の10倍以上であることによると考えられます。

図2 波照間島(赤)および与那国島(白)における大気観測に基づくCO2とCH4の変動比の1~3月の月別変動比の時間変化。変動比は2000年代に増加するが、この期間は中国が著しい経済成長を示し化石燃料消費量が増加した時期に相当する(青線・青破線は中国の化石燃料消費量の推定値)。また、2020年2月に変動比が低下するが、これは中国でロックダウンが実施された時期に一致する。

大気輸送モデルを用いた変動比と放出比の関係

 中国からの排出量の変化と観測されるΔCO2/ΔCH4比の変化の関係を詳細に調べるために,大気輸送モデル(NICAM-TM)注釈6を用いて波照間島におけるCO2およびCH4濃度の変化をシミュレーションしました。なお、シミュレーションに必要なCO2放出・吸収およびCH4放出のデータにはできるだけ現実の空間分布や時間変化を反映したものを使用しました。特に、FFCO2についてはグローバルな放出量の時空間的な変化を推定したデータセット(ODIAC)注釈7の排出量分布を計算に用いました。大気輸送モデルに必要な気象データとしては、気象庁が作成した長期再解析データの2000年から2021年のデータを用いました。
 その結果、シミュレーションされたCO2およびCH4濃度変動は観測された変動とよく一致することが分かりました(図1)。この計算値を用いてΔCO2/ΔCH4比の月平均値を求めたところ、観測結果に見られる2000年代の増加を含む長期的な変化傾向をよく再現しました。そこで、このシミュレーションにおける中国のFFCO2/CH4放出比と波照間島でのΔCO2/ΔCH4比の関係を調べると、両者の間に直線的な対応関係が見られることが分かりました(図3)。また、この直線関係は中国におけるFFCO2分布や気象の年々の違いにあまり影響を受けないことも分かりました注釈8

図3 モデル計算で得られた中国における化石燃料起源CO2排出量とメタン放出量の比(FFCO2/CH4比)とΔCO2/ΔCH4比の関係。この直線関係を用いて、観測に基づくΔCO2/ΔCH4比からFFCO2/CH4比に変換する(図中の青矢印)。

準リアルタイム推定法

 シミュレーションによって求められた中国のFFCO2/CH4放出比と波照間島でのΔCO2/ΔCH4比との間に見られる直線関係を使うことで、波照間島と与那国島で実際に観測されるΔCO2/ΔCH4比をFFCO2/CH4放出比にそれぞれ変換することができます。さらに、2011年から2019年の9年間に観測されたΔCO2/ΔCH4比が比較的一定であったことに着目し、2020年以降のFFCO2/CH4排出比についてその9年間(2011年から2019年)の平均からの変化率を求め、さらに、波照間島と与那国島の推定結果を平均しました。こうして推定されたFFCO2/CH4放出比の変化は、中国におけるCH4放出量の年々変化が比較的小さいとすると、FFCO2排出量の変化と読み替えることができます。このように、波照間島と与那国島における大気観測結果に基づき、準リアルタイムに中国起源のFFCO2排出量の変化を推定することができます。

図4 本研究の準リアルタイム推定法を用いて求められた中国からのFFCO2/CH4排出比の変化(赤線)。2011年~2019年の9年間の平均値からの変化量がプロットされており、左から2020年1~3月、2021年1~3月、2022年1~3月を表す。図中のオレンジ線・青線はボトムアップ的手法を用いた他の研究による推定結果参考3を表す。

3. 研究結果と考察

 上記の方法を2020年から2022年の観測結果に適用することで推定された中国におけるFFCO2/CH4放出比の変化を図4に示します注釈9。なお、上述したようにCH4放出量の変化は比較的小さいと仮定することで、FFCO2/CH4排出比の変化はFFCO2の変化と見なすことができます。また図4には比較のため、他の研究による統計や活動量データに基づく推定結果も示しましたが参考3、2020年では両者とも本研究の推定結果とよい一致が見られることが分かります。2020年1~3月の変化率は,それぞれ17±8%,−36±7%,−12±8% (平均−10±9%)となりました。一方,2021年1~3月は18±8%,−2±10%,29±12%となり(平均15±10%),中国の経済活動がCOVID-19の影響を脱したことと整合的な結果となりました。さらに,2022年1~3月は20±9%,−3±10%,−10±9%となり(平均2±9%),増加率は若干低下しました。特に、3月以降に低下が顕著となりますが、これは3月以降に上海でCOVID-19の再拡大が発生したことによる経済停滞と関連している可能性があります。

4. 今後の展望

 本研究で開発された推定手法は、中国全土からの排出量の変化を均一にカバーしていないことや、推定期間が冬季3ヶ月間に限られること、さらに陸域生物圏からのCO2放出・吸収やCH4の放出の年々変化が不確かさの原因となる等、多くの弱点があります。しかし、一般的なインベントリに基づく排出量推定には1年程度の時間がかかることや、逆計算推定では地球全体の観測データを収集や大規模な大気輸送シミュレーション解析が必要であることに比べ、極めて簡単な計算で準リアルタイムに放出量の変化を推定できるという点で、本手法は有用性の高いものであると言えます。したがって、本手法を継続的に波照間島と与那国島での観測結果に適用し、中国からのFFCO2の排出量の今後の変化をモニターすることで、パリ協定以降に目指された削減目標の達成状況を検証することが期待されます。

5. 注釈

注釈1 パリ協定:2015年12月にパリで採択された気候変動抑制に関する多国間協定。産業革命以降の世界平均気温の上昇を2℃未満に抑え、可能な限り1.5℃未満を目指すことなどが決められた。詳しくは、国立環境研究所のホームページ(https://www.nies.go.jp/event/cop/cop21/20151212.html)を参照。

注釈2 国立環境研究所、海洋研究開発機構、気象研究所は環境研究総合推進費SII-8プロジェクト「温室効果ガス収支のマルチスケール監視とモデル高度化に関する統合的研究」を2021年度より開始し、大気観測とモデル解析によって国・地域から大都市までのスケールで温室効果ガスの収支を定量的に評価するシステム構築を目的に研究を行っている。詳しくはホームページ(環境研究総合推進費SII-8プロジェクト (nies.go.jp))を参照。

注釈3 波照間島(北緯24度3分、東経123度48分):沖縄県八重山諸島に属する日本最南端の有人島である。国立環境研究所・地球環境研究センターは1992年に温室効果ガスの観測拠点としてモニタリングステーションを建設し、その後順次大気観測を開始してきた。詳しくは、国立環境研究所のホームページ(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/ground/)を参照。

注釈4 与那国島(北緯24.47度、東経123.01度):沖縄県八重山諸島に属する日本最西端の島である。波照間島の西約100kmに位置し、気象庁が温室効果ガスの観測を続けている。詳細は、気象庁のホームページ(気象庁|温室効果ガス等の観測地点(与那国島) (jma.go.jp))を参照。

注釈5 本研究では大気観測に基づくCO2とCH4の変動比(ΔCO2/ΔCH4比)は以下のように計算された。まず、24時間(与那国では84時間)の時間窓内のCO2およびCH4濃度(1時間平均値)の回帰直線の傾きを求め、ある基準(相関係数(R)>0.7、 CO2の標準偏差(1σ)>0.1ppm)を満たす場合にその時間窓のΔCO2/ΔCH4比とした。時間窓を1時間ずつ進めながら全データについて上記の計算を実施し、得られたΔCO2/ΔCH4比を月平均値や移動平均値の計算に用いた。また、解析期間は大陸影響を効果的に捉える1月から3月の3か月間とした。

注釈6 大気輸送モデル:大気成分濃度の分布や時間変化を大気の移流・混合過程の物理方程式にしたがって、大型計算機を用いて計算する数値モデル。本研究では、正20面体格子大気モデル(NICAM)をベースとした大気輸送モデルNICAM-TMを用いた。

注釈7 ODIAC (Open-source Data Inventory for Anthropogenic CO2):Oda and Maksyutov (2011) 参考4が開発したモデルによって推定された高解像度の化石燃料起源CO2排出量分布である。排出量は火力発電所の分布および衛星観測による夜間の光の分布を用いて1x1kmの高解像度で配分される。詳しくは国立環境研究所のホームページを参照(ODIAC Fossil fuel emission dataset | Center for Global Environmental Research (nies.go.jp))。

注釈8 本研究では、中国における2018年のFFCO2排出量を意図的に55%から130%まで15%ずつ変化させ、2020年から2021年の気象場を用いてCO2とCH4の大気中濃度を計算することで、FFCO2/CH4排出比とΔCO2/ΔCH4比の関係も調べている。その結果は、図3の直線関係と有意な差が認めらないことから、排出量分布や気象の影響はそれほど大きくないと推定された。

注釈9 本研究に基づく中国からのCO2排出量の推定結果は、注釈2で紹介した環境研究総合推進費SII-8プロジェクトのホームページの「関連資料と成果」(成果1-(2) | 環境研究総合推進費SII-8プロジェクト (nies.go.jp))に掲載されている。


参考1 Tohjima Y, Patra PK, Niwa Y, Mukai H, Sasakawa M, Machida T (2020) Detection of fossil-fuel CO2 plummet in China due to COVID-19 by observation at Hateruma. Sci Rep 10: 18688. https://doi.org/10.1038/s41598-020-75763-6

参考2 Tohjima Y, Niwa Y, Tsuboi K, Saito K (2022) Did atmospheric CO2 and CH4 observation at Yonagunijima detect fossil-fuel CO2 reduction due to COVID-19 lockdown? J Meteor Soc Japan 100(2): 437-444. https//doi.org/10.2151/jmsj.2022-021

参考3 Le Quéré C, Jackson RB, Jones MW, Smith AJP, Abernethy S, Andrew RM, De-Gol AJ, Willis DR, Shan Y, Canadell JG, Friedlingstein P, Creutzig F, Peters GP (2020) Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement. Nat Clim Chang 10: 647-653. https://doi.org/10.1038/s41558-020-0797-x
Liu Z, et al. (2020) Near-real-time monitoring of global CO2 emissions reveals the effects of the COVID-19 pandemic. Nat Commun 11, 5172. https://doi.org/10.1038/s41467-020-18922-7

参考4 Oda T, Maksyutov S (2011) A very high-resolution (1 km×1 km) global fossil fuel CO2 emission inventory derived using a point source database and satellite observations of nighttime lights. Atmos Chem Phys, 11, 543–556.

6. 研究助成

本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF21S20800)および環境省の地球環境保全試験研究費(地球一括計上)環1451「地球表層環境への温暖化影響の監視を目指した酸素・二酸化炭素同位体の長期広域観測」の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
 Near-real-time estimation of fossil fuel CO2 emissions from China based on atmospheric observations on Hateruma and Yonaguni Islands, Japan 【著者】
 Yasunori Tohjima, Yosuke Niwa, Prabir K. Patra, Hitoshi Mukai, Toshinobu Machida, Motoki Sasakawa, Kazuhiro Tsuboi, Kazuyuki Saito, Akihiko Ito 【掲載誌】Progress in Earth and Planetary Science
【URL】https://progearthplanetsci.springeropen.com/articles/10.1186/s40645-023-00542-6/(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1186/s40645-023-00542-6(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
動態化学研究室
 室長    遠嶋康徳
物質循環モデリング・解析研究室
 室長    伊藤昭彦
 主任研究員 丹羽洋介
大気・海洋モニタリング推進室
 室長    町田敏暢
 主幹研究員 笹川基樹
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
 センター長 向井人史
海洋研究開発機構 物質循環・人間圏研究グループ
 主任研究員 Prabir K. Patra

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
動態化学研究室 室長 遠嶋康徳

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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