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2022年3月11日

多様な化学物質のリスク評価・曝露評価の
実現に向けた用途情報の活用

特集 数理モデル的手法を用いた化学物質の環境動態把握
【研究プログラムの紹介:「包括環境リスク研究プログラム」から】

今泉 圭隆

 包括環境リスク研究プログラムでは、人間活動に起因する化学物質の大部分を評価・管理することを最終的な目標に掲げ、それに資するための5つの研究課題(プロジェクト)に取り組んでいます。本稿では、その中の「全懸念化学物質のヒト・生態系への曝露量の把握を目指した数理モデル的手法による排出及び環境動態の推定手法の開発」というプロジェクトの中で新たに開始した環境リスク評価のための化学物質の用途情報の収集と解析についてご紹介します。

1.化学物質の環境リスク評価の現状とプロジェクトの狙い

 新たな化学物質が日々開発・製造されています。化学物質は多品種化が進んでいるだけでなく総量としても増加しており、今後も増加すると考えられています。化学物質による環境汚染は古くは高度経済成長期から顕在化・問題化しており、その後さまざまな法律等が制定され、それらの改定を含めて、時代とともに複雑な政策を組み合わせて、ヒトや生態系への悪影響が出ないように化学物質を総合的に管理しています(参考:環境省ケミココ関連法令のページ、http://www.chemicoco.env.go.jp/laws.html)。国際的にもさまざまな枠組みがあるものの、1.それらの管理対象(化学物質や事象)は限定的であり、全てをカバーしている訳ではないこと1)、2.国や地域によって管理対象物質が必ずしも共通している訳ではなく、国際的な意味での包括的なリスク評価が難しいこと2)をWangらが指摘しています。化学物質管理はイタチごっこのような側面があり、既存の規制等で管理しきれない物質の存在が明らかになると、それを踏まえて新たな規制の導入や既存規制の改訂が行われてきました。  

 化学物質を管理する際には、その化学物質がどの程度悪影響を及ぼす可能性があるのかということを評価します。特に環境中に排出される化学物質(環境中で生成する物質も含む)のリスクを評価することを環境リスク評価と呼びます。リスク評価は曝露評価と有害性評価(毒性評価)からなり、曝露評価で管理対象がどの程度、当該物質に曝露されるか・当該物質を摂取するかを、有害性評価でどの程度の濃度・量で有害性が発現するか(あるいは発現しない上限)をそれぞれ評価します(図)。

リスク評価の概要の図
 
図 リスク評価の概要

 我が国の環境リスクに関連する化学物質管理規制法の代表的なものは「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)です。化審法は「人の健康を損なうおそれ又は動植物の生息・生育に支障を及ぼすおそれがある化学物質による環境の汚染を防止する」ことを目的とする法律です。化審法では、スクリーニング評価で“リスクがないとはいえない化学物質”を選定して「優先評価化学物質」と位置づけて、優先評価化学物質についてリスク評価を実施します。ただし、スクリーニング評価を実施する物質は製造輸入数量が一定以上などの条件に該当したものに限られており、限定的な物質の評価に留まっているとも言えます。また、それぞれの物質を単独で評価するということは、物質の複合影響(複数の物質による相互作用で、加算的な影響も含まれます。)を想定していないということにもなります。より多くの物質を対象にリスク評価するためには、従来の規制対象物質以外も含めて評価する必要があります。しかし、一般にそういった物質についてはそもそもリスク評価のための情報を入手することが困難な場合がほとんどです。そこで曝露評価では、環境実態調査(実測データ)で対象物質の実環境での状況を把握したり、環境排出量と環境動態モデルを活用してヒトや生物への曝露量・曝露濃度を把握したりしています。本稿で紹介するプロジェクトでは後者のモデルを活用する手法を中心に研究を進めています。モデルを活用する場合、化学物質の環境排出量の推定と環境中での挙動の把握の両方が重要ですが、前者の環境排出量の推定に関する状況や研究の方針についてご紹介します。

2.化学物質の用途情報と排出量推定に向けた検討

 環境排出量の推定と関連した制度として、我が国では「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(化管法)において化学物質排出移動量届出制度(PRTR:Pollutant Release and Transfer Register)が運用されており、事業所から対象物質の排出・移動量が毎年届出されています。さらに、届出された排出量以外の環境への排出量を国が推計して毎年公表しています。現在届出の対象になっているのは462物質(PRTR番号ベース)です。一つのPRTR番号に複数の物質が該当する場合もあるため、厳密に何種類の物質という整理は難しいですが、おおよそ数百物質については推計排出量が存在していることになります。そういった推計情報が存在しない場合は、物質ごとの用途別使用量(製造・輸入量等)と用途別の排出係数から当該物質の排出量を推計します。化審法における評価でも基本的には用途別排出係数から算出する手法を利用しています。ただし、化学物質の用途情報は時に企業秘密に該当することもあり、研究として用途情報を入手・収集することが難しいため、その壁をどのように突破するかを今模索しています。

 収集が困難なことに加えて、用途情報の収集・整理における別の課題・問題点を、可塑剤としての用途が有名なフタル酸エステル類を例として説明します。なお、用途の情報源としては、NITE-CHRIP(以下、CHRIP)(https://www.nite.go.jp/chem/chrip/chrip_search/systemTop)、PRTRデータを読み解くための市民ガイドブック(以下、市民ガイドブック)(https://www.env.go.jp/chemi/prtr/archive/guidebook.html)、北欧諸国のSubstances in Preparations In the Nordic countries(以下、SPIN)データベース(用途62分類)、米国のChemical Data Reporting(以下、CDR)データベース(うち、工業使用の用途36分類)を対象とします。国内の用途情報であるCHRIPと市民ガイドブックは自由記載で掲載されています。国内の情報源では用途が分からない物質についても検討対象にするため、またより多くの情報源を対象にした方が解析結果の信頼性が高くなると考え、国外の情報源も対象としています。フタル酸エステル類としてはPRTR対象になっている5物質を取り上げました。将来的には用途情報が少ない物質についても解析を広げる予定ですが、ここでは例として情報が豊富に存在する物質としました。各物質の用途情報一覧(一部、筆者による省略含む)を表に示します。様々な用途のうち、可塑剤、塗料、接着剤(シーリング剤含む)に着目し、それぞれ背景色で区別しました。SPIN以外では全て可塑剤(Plasticizers)が記載されていました。これはSPINでは可塑剤に該当する区分が存在しないことが原因でした。接着剤については、SPINでは“Adhesive, binding agents”、CDRでは“Adhesives and sealant chemicals”と微妙に表現が異なる上に、当該用途が記載されているかどうか物質によって異なり、国内の情報源とも明らかに差異がありました。塗料においても同様の傾向がみられました。収集した情報の国・地域が異なるため、実際に各物質の用途に相違があったのかもしれませんし、情報収集・整理方法や分類方法などに起因する情報源の特徴の違いによって相違があるのかもしれません。国内のCHRIPと市民ガイドブック間でも相違がありました。前者は出典元の用途情報を広く記載するという側面、後者は市民向け資料という側面があり、それらが両者の違いの原因だと考えています。このように“不整合”を含む用途情報をどのように利用して排出推定に結び付けるかが今後の課題となっています。

フタル酸エステル類の用途情報一覧表

3.不確実な情報を元にしたリスク評価について

 現在の化審法のスクリーニング評価・リスク評価では正確な用途情報を入手可能という前提で手法が構築されています。当該物質を利用しようとしている事業者が用途情報を含めて申請することを前提に制度設計されているからです。一方、我々はより多くの物質を対象に包括的なリスク評価を実施することを目指しています。そのため、正確な用途情報が入手できない状況でも実施可能な手法を構築する必要があります。ここで、生態系への有害性評価に目を向けると、試験生物への毒性試験結果から環境中で守られるべきレベルを導出する際に、種間外挿(毒性試験対象の生物種から守るべき生態系の生物種のうち最も影響を受けやすい種への換算)や急性影響から慢性影響への換算に伴う不確実を考慮しています。例えば、急性影響よりも低い曝露量・曝露濃度でも慢性影響が生じる可能性があるため、急性影響を評価した試験結果から、守るべき慢性影響が生じないレベルを導出する際に、より低い濃度(厳しいレベル)に換算するために不確実係数で除します。このように“不確実な値”を有害性評価に利用してきた経緯を踏まえて、曝露評価においても不確実係数のような概念・考え方を導入することでより多くの対象物質に対するリスク評価を実施する手法を構築できるのではと考えています。まだ始まったばかりのプロジェクトですが、これらの解析等を通じて、より包括的かつ効率的なスクリーニング評価・リスク評価の実現につながればと考えています。

(いまいずみ よしたか、環境リスク・健康領域 リスク管理戦略研究室 主幹研究員)

参考文献

1)Wang, Z., et al. (2021). We need a global science-policy body on chemicals and waste. Science, 371(6531), 774-776. https://doi.org/10.1126/science.abe9090 2)Wang, Z., et al. (2020). Toward a Global Understanding of Chemical Pollution: A First Comprehensive Analysis of National and Regional Chemical Inventories. Environ Sci Technol, 54(5), 2575-2584. https://doi.org/10.1021/acs.est.9b06379

執筆者プロフィール:

筆者の今泉 圭隆の写真

B.LEAGUE(国内のプロバスケリーグ)に所属する茨城ロボッツのファンです。今期よりB1に昇格し、苦しみながらも日々成長しているチーム・選手を応援するのは“この上ない楽しみ”です。GO! GO! ROBOTS!!

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