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2019年8月27日

共同発表機関のロゴマーク
<妊娠中の自宅内装工事と児の先天性形態異常との関係>について(Maternal Exposure to Housing Renovation During Pregnancy and Risk of Offspring with Congenital Malformation: The Japan Environment and Children’s Study)

(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、松本市政記者会、長野市政記者会、同時配付)

令和元年8月27日(火)
国立大学法人信州大学
エコチル調査甲信ユニットセンター(信州大学)
    教授       野見山哲生
    講師(特定雇用)  元木倫子
国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
    コアセンター長   山崎 新
         次長   中山祥嗣
 

はじめに
   環境省及び国立研究開発法人国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)では、全国15地域のユニットセンター及びメディカルサポートセンターと協働して、子どもの発達や健康に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにし、次世代の子どもたちが健やかに育つことのできる環境の実現を図ることを目的として、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を実施しています。

   今回、甲信ユニットセンター(信州大学)が中心となって、妊婦約10万人のデータのうち67,503(うち、男児:34,342人、女児:33,161人)人のデータを解析対象とし、妊娠中の自宅内装工事(増改築含む)や職業上の有機溶剤※1の使用と先天性形態異常の発生との関連について調べました。その結果、妊娠中に住居で自宅内装工事が行なわれた母親から出生した児は、行なわれていない母親から出生した児と比べて、男児外性器異常(停留精巣、尿道下裂)の発生が1.81倍高かったことがわかりました。なお職業上の有機溶剤の使用については、先天性形態異常の発生との関連は認められませんでした。しかし、本研究では妊娠中のどの時期に自宅内装工事が行われたかの情報は得られておらず、器官形成時期のばく露※2であったか正確な検討はできていません。また、どの物質がどの程度(量や頻度)影響しているかについても評価できていません。今後、これらの課題について考慮した研究が必要です。

   本成果は、令和元年8月9日(日本時間18時)に科学・医学の専門誌であるScientific Reportsに掲載されました。

1. 発表のポイント

● エコチル調査の全国データを用いて、妊娠中の自宅内装工事(増改築を含む)や職業上の有機溶剤の使用と、先天性形態異常の発生との関連を調べました。
● 先天性形態異常としては、先天性心疾患、男児外性器異常、四肢形成異常、口唇口蓋裂、消化管閉鎖の5種を対象としました。
● 妊娠中の自宅内装工事と、出生した児の男児外性器異常(停留精巣、尿道下裂)の発生との間に関連が認められました。
● 妊娠中の職業上の有機溶剤の使用については、先天性形態異常の発生との関連は認められませんでした。
● 本研究では、自宅内装工事や有機溶剤へのばく露の正確な時期や量的な検討はできておりません。胎児の器官形成時期のこれらのばく露が先天性形態異常の発症に影響しているかについての検討が必要と考えられます。

*本発表の内容は、すべて著者の意見であり、環境省の見解ではありません。

2. エコチル調査とは

   子どもの健康と環境に関する全国調査(以下「エコチル調査」という。)は、化学物質などの環境要因が子どもの健康にどのように影響するのかを明らかにし、「子どもたちが安心して健やかに育つ環境をつくる」ことを目的に平成22年度(2010年度)に開始された大規模かつ長期にわたる疫学調査です。母親の体内にいる胎児期から出生後の子どもが13歳になるまでの健康状態や生活習慣を令和14年度(2032年度)まで追跡して調べることとしています。

   エコチル調査は、研究の中心機関として国立環境研究所にコアセンターを、医療面からサポートを受けるために国立成育医療研究センターにメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学に地域の調査の拠点となるユニットセンターをそれぞれ設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

3. 研究の背景

   先天性形態異常は臓器や体の部位の構造的な生まれつきの異常のことであり、小児の健康状態に重大な影響を及ぼすことがあります。先行研究からは、様々な職業的あるいは環境的な要因が先天性形態異常の発生に関与しているとされています。特に妊娠初期の3〜8週の器官形成期の胎児の化学物質へのばく露と先天性形態異常との関連性が疑われています。また、胎児の各器官の形成時期の違いから、化学物質へのばく露のタイミングや、ばく露する量によって、発生する先天性形態異常の種類が異なる可能性が示唆されています。

   内装工事に使用される塗料、染料、接着剤などに対する妊婦の職業的、あるいは非職業的ばく露は、出生する児の先天性形態異常の危険因子である可能性があると、海外の研究グループから報告されています。一方、関連がないとする報告もあり、因果関係ははっきりしていません。妊娠中の有機溶剤など内装工事に使用される材料へのばく露が先天性形態異常のリスクを増加させるかどうかについての研究は、これまで日本では行われていませんでした。

   そこで本研究では、1)妊娠中の自宅内装工事(増改築を含む)、および2)母親の職業上の有機溶剤やホルムアルデヒド※3へのばく露が先天性形態異常の発生率に及ぼす影響について、疫学的手法を用いて調べることにしました。

4. 研究内容と成果

   本研究では、平成28年4月に確定された妊婦約10万人のデータを使用しました。解析対象は、妊婦約10万人から、妊娠中の自宅内装工事、職業上の有機溶剤やホルムアルデヒドへのばく露、先天性形態異常に関するデータがそろった母親のうち、死産、流産、および双子以上の場合、さらに関連因子と考えたものに何らかの欠測データがある人を除いた67,503(うち、男児:34,342人、女児:33,161人)人としました。男児外性器異常については、男児のみを解析対象としました。

   対象となる先天性形態異常は、生後1か月までに診断された先天性心疾患、男児外性器異常(停留精巣、尿道下裂)、四肢形成異常(多指、裂指、合指など)、口唇口蓋裂、消化管閉鎖(食道閉鎖、十二指腸閉鎖、鎖肛など)に分けて解析しました(それぞれ756人、253人、176人、160人、45人)。なお、染色体異常、上記5群以外の先天性形態異常を有する例、複数の異常を合併している例は除外して解析しました。妊娠に気づいて以降の自宅内装工事(増改築を含む)の有無、職業上の有機溶剤やホルムアルデヒドの使用については、妊娠中期/後期に行った自己記入式質問票への回答を使用しました。職業上の有機溶剤(シンナー、試験・分析・抽出用溶剤、ドライクリーニング用洗浄剤、染み抜き溶剤、ペイント塗料、除光液など)やホルムアルデヒドの使用があった例は、半日以上の使用が1か月に1回以上あった例としました。妊娠中に自宅内装工事が行われた母親は2,106人、職業上、有機溶剤やホルムアルデヒドを使用していた母親は6,305人でした。

   先天性形態異常発生の関連因子として考えられている妊婦の年齢、妊娠前の体格指標(BMI)、喫煙歴(本人、配偶者)、飲酒歴、教育歴、世帯収入、妊娠中の母体合併症などについて考慮した研究デザインを用い、妊娠中の自宅内装工事や職業上の有機溶剤の使用と児の先天性形態異常との関連についてロジスティック回帰分析※4により検討しました。

   その結果、妊娠中に住居で自宅内装工事が行なわれた母親から出生した児は、行なわれていない母親から出生した児と比べて、男児外性器異常(停留精巣、尿道下裂)の発生が1.81倍(95%信頼区間※5 1.03—3.17)高かったことがわかりました。他の先天性形態異常は、妊娠中の自宅内装工事の有無と統計学的に有意な関係を認めませんでした。妊娠中の職業上の有機溶剤やホルムアルデヒドを1か月に1回以上使用したとの回答と先天性形態異常の発生との間には統計学的に有意な関係を認めませんでした。

5. 今後の展開

   妊娠中に自宅で自宅内装工事が行なわれたた母親から出生した児は、行なわれていない母親から出生した児に比べて、男児外性器異常(停留精巣、尿道下裂)の発生の可能性が1.81倍高かったことがわかりました。

   しかし、本研究では妊娠中のどの時期に自宅内装工事が行われたかの情報は得られておらず、器官形成時期のばく露であったか正確な検討はできていません。また、自宅内装工事に使用される化学物質の種類は多く、どの物質がどの程度(量や頻度)影響しているかについても評価できていません。今後、これらの課題について考慮した研究が必要です。

   本研究では、妊娠中の職業上のばく露と先天性形成異常との関連は認められませんでした。職業上の有機溶剤やホルムアルデヒドの使用頻度は低く、高頻度のばく露が少数であったため、量—反応関係については検討できていません。

   男児外性器異常のうち、停留精巣については1歳くらいまでに自然軽快することもあります。従って、出生時のデータを使用している本研究では、発生数を過大評価している可能性があります。

   以上の課題を考慮すると、本研究では器官形成期以外の自宅内装工事のばく露や自然軽快する可能性のある男児外性器異常の発生が含まれており、今回検出された自宅内装工事と男児外性器異常との関連性は、統計学的に偶然検出された可能性もあります。

   エコチル調査では、化学物質以外の環境因子、遺伝要因、社会要因、生活習慣要因等についても調べています。今後これらの因子と先天性形態異常との関係についても知見が出てくることが予想されます。そのため、これらの化学物質以外の因子等との関係の知見も総合して有機溶剤ばく露と先天性形態異常との関係について検討する必要があります。引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにする研究が必要です。

6. 補足

○ 先天性形態異常に影響を及ぼす環境化学物質の従来の研究は、本研究と同様の質問紙調査、面接、電話インタビューなど間接的な方法によるものがほとんどでした。最近は、尿道下裂・停留精巣に関して、胎盤、血液、母乳等の生体試料を用いて化学物質を測定する方法で、化学物質ばく露との関連を報告した研究が行われ始めてきていますが、一方で先天性形態異常は、発生数自体は少ないことから、より正確な科学的知見を得るには、対象者数の多いより大規模な研究を行うことが期待されています。
○ 本研究では、ばく露の評価には質問紙調査から得られたデータを利用しました。今後は、ばく露量をより正確に反映する生体試料の分析結果を用いて、化学物質と先天性形態異常との関係を推論する研究も実施する予定です。

7. 用語解説

※1 有機溶剤:他の物質を溶かす性質を持つ有機化合物の総称であり、溶剤として塗装、洗浄、印刷等の作業に幅広く使用されています。有機溶剤は常温では液体ですが、一般に揮発性が高いため、蒸気となって呼吸を通じて体内に吸収されやすく、また、油脂に溶ける性質があることから皮膚からも吸収されます。
※2 ばく露:私たちが化学物質などの環境にさらされることを言います。身体の表面から中に入ってくることは吸収などと呼び、曝露とは区別しています。
※3 ホルムアルデヒド:合成樹脂や接着剤、塗料などに幅広く使われている化学物質で、吸い込むと目や鼻の粘膜を刺激し、接触により皮膚の硬化や潰瘍を起こす可能性があります。また、呼吸器のアレルギー症状を引き起こす可能性があり、発がん性も報告されています。
※4 ロジスティック回帰分析:ある一つの現象を、複数の要因によって説明する統計モデルを用いた解析手法です。例えば、先天性形態異常の発生を、妊婦の自宅内装工事へのばく露、妊婦の出産時の年齢、体格指標及び生活習慣などの要因で説明し、それぞれがどのくらい先天性形態異常の発生に関連しているのかを説明しているかが分かります。
※5 95%信頼区間:調査の精度を表す指標で、精度が高ければ狭い範囲に、精度が低ければ広い範囲になります。

8. 発表論文

題名(英語):Maternal Exposure to Housing Renovation During Pregnancy and Risk of Offspring with Congenital Malformation: The Japan Environment and Children’s Study

著者名(英語):Noriko Motoki1, Yuji Inaba2, Takumi Shibazaki3, Yuka Misawa4, Satoshi Ohira5, Makoto Kanai6, Hiroshi Kurita7, Yozo Nakazawa8, Teruomi Tsukahara9, Tetsuo Nomiyama10, and the Japan Environment and Children’s Study Group11

1元木倫子:信州大学医学部小児環境保健疫学研究センター
2稲葉雄二:長野県立こども病院神経科
3柴崎拓実:信州大学医学部小児医学教室
4三澤由佳:長野県立こども病院リハビリテーション科
5大平哲史:信州大学医学部小児環境保健疫学研究センター
6金井誠:信州大学医学部小児環境保健疫学研究センター
7栗田浩:信州大学医学部小児環境保健疫学研究センター
8中沢洋三:信州大学医学部小児医学教室
9塚原照臣:信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室
10野見山哲生:信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室
11グループ:コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンター長

掲載誌:Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-019-47925-8.

9. 問い合わせ先

【研究関連】
信州大学医学部小児環境保健疫学研究センター
医学部衛生学公衆衛生学教室
元木 倫子
電話:0263-37-3179
E-mail : ecochild(末尾に@shinshu-u.ac.jpをつけてください)

【報道関連】
信州大学総務部総務課広報室
電話:0263-37-3056
E-mail : shinhp(末尾に@shinshu-u.ac.jpをつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所
環境リスク・健康研究センター
エコチル調査コアセンター
次長 中山祥嗣
305-8506 茨城県つくば市小野川16-2
電話:029-850-2885
E-mail:jecs-pr(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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