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2020年7月7日

共同発表機関のロゴマーク
血中鉛濃度と妊婦のメンタルヘルスの関連:エコチル調査の結果

(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、厚生労働記者会同時配付)

令和2年7月7日(火)
国立研究開発法人国立成育医療研究センター
エコチル調査メディカルサポートセンター
  研究員      石塚 一枝
  センター長    大矢 幸弘
国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
  コアセンター長   山崎 新
        次長  中山祥嗣
 

   子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、エコチル調査)のメディカルサポートセンターである、国立成育医療研究センター(住所:世田谷区大蔵2-10-1 理事長:五十嵐隆)の石塚一枝らの研究チームは、エコチル調査の約2万人のデータを用いて妊婦の血中鉛濃度と妊婦のうつ症状との関連について調査を行いました。鉛には神経毒性があり、成人ではうつなどの精神疾患のリスクを高めることが知られています。
   今回の調査では、血中鉛濃度の違いによって妊婦を5つのグループに分け、うつ症状を有することのリスクに違いがあるかを調べました。その結果、妊婦の血中鉛濃度とうつ症状との間に関連性は見られませんでした。
   本研究の成果は、令和2年6月15日に国際神経毒性学会から刊行される学術誌「Neurotoxicology」7月号に掲載されました。

   ※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省、国立環境研究所および、国立成育医療研究センターの見解ではありません。
 

1.エコチル調査について

   エコチル調査は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度より全国で10万組の親子を対象として開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査※1です。母体血や臍帯血、母乳等の生体試料を採取保存・分析するとともに、参加する子どもが13歳になるまで追跡調査し、子どもの健康に影響を与える環境要因を明らかにすることとしています。

   エコチル調査は、研究の中心機関として国立環境研究所にコアセンターを、医学的支援を行う機関として国立成育医療研究センターにメディカルサポートセンターに設置しています。また、日本の各地域で調査を行うために、公募で選定された15の大学に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省とともに各関係機関が協働して実施しています。調査期間は5年間のデータ解析期間を含め、令和14(2032)年度までを予定しています。

2.研究の背景

   鉛には神経毒性があり、成人ではうつなどの精神疾患のリスクを高めることが知られています。鉛の濃度は国によって異なりますが、例えば、アメリカの大規模調査である国民健康栄養調査(NHANES)によると、妊娠可能年齢の女性で、鉛濃度が高い場合は、うつやパニック障害のリスクが高まると報告されています。また、中国の調査でも、妊娠中の血中鉛濃度が高いとうつ症状を持つリスクが高まると報告されています。世界的に環境中の鉛は減っているものの、低濃度でも健康に悪影響を及ぼすことが懸念されています。

   日本では、妊婦のうつと鉛との関連についての知見が乏しいという課題があり、今回エコチル調査で得られたデータを使用して妊婦のうつ症状と血中鉛濃度の関連性について調べました。

3.研究内容と成果

   本研究は、エコチル調査に参加している女性のうち、平成29(2017)年4月までに妊娠中の血中鉛濃度の測定が終了した17,267件を対象としました。また、うつ症状についてはメンタルヘルスを計測する質問票であるK6※2を用いて調べています。

   本研究参加者の平均の血中鉛濃度は、0.58 μg/dl (範囲は 0.14–6.75 μg/dl)でした。なお、血中鉛濃度とは血液1dlあたり、どれぐらいの量の鉛が含まれているかということを指します。血中鉛濃度が最も低い妊婦のグループを「1」(下図参照)とし、そこから濃度が高くなるごとに「2」~「5」とした5つのグループ※3に分け、それぞれのグループでうつ症状を有するリスクにどの程度違いが出るのかを検討しました。その結果、鉛濃度とうつ症状との間に関連がないことが分かりました。なお、これらの関連は、年齢、婚姻状態、社会経済状況を考慮した解析を行いましたが、結果は同じく鉛濃度とうつ症状との間に関連がありませんでした。

血中鉛濃度とうつ症状のリスクの関連性について
【血中鉛濃度とうつ症状のリスクの関連性について※4

4.今後の展開

   今回の研究では、妊娠中のうつ症状と血中鉛濃度に関連は見られませんでした。一方で、血中鉛濃度は社会的要因と関連がありました。今後、エコチル調査により、様々な化学物質と社会指標やメンタルヘルス・健康影響との関係が明らかとなることが期待されます。

5.用語解説

※1「出生コホート」:子どもが生まれる前から成長する期間を追跡して調査する疫学手法です。胎児期や小児期の環境因子が、子どもの成長と健康にどのように影響しているかを調査します。大人になるまで追跡する場合もあります。

※2「K6」:Kesslerらが開発した国際的な疫学調査で使われている心理的ストレスを評価する質問票で、うつ・不安のスクリーニングにも使用されています。Kessler 心理的ストレス尺度とも呼ばれています。

※3「血中鉛濃度の5つのグループ分けについて」:血中の鉛濃度が低い方から1つのグループの同じ人数になるように5つのグループに分けています。(1 グループ:血中鉛濃度0.143–0.433 μg/dl, 2 グループ: 0.434–0.523 μg/dl, 3グループ:0.524–0.616 μg/dl, 4 グループ: 0.617–0.7533 μg/dl, 5グループ: 0.754–6.752 μg/dl。

※4「血中鉛濃度とうつ症状のリスクの関連性について」:グループ1の女性がうつ症状になるリスクを1としたときに、他のグループの女性がうつ症状になる割合が何倍になるのかを示したグラフです。今回は、いずれのグループもグループ1と比べ0.9倍前後と1に近いため、鉛の血中濃度によるうつのリスクは差がない結果となりました。

※5「95%信頼区間」:今回のような疫学調査では、偶然のバラつきをみるため、幅をもたせて推定する95%信頼区間とよばれる値の範囲を算出することが一般的です。本研究では、例えば、グループ2の信頼区間の下限(ひげの下端)は、0.72と1より低く、信頼区間の上限(ひげの上端)は、1.32と1より大きいため、グループ1はグループ2と比べて、うつになりやすいかどうかどちらとも言えない状態(=この現象を関連が見られないと呼ぶことが多い)です。

6.発表論文

【題名】:「血中鉛濃度と妊婦のメンタルヘルスの関連」
(英題)Association between blood lead exposure and mental health in pregnant women: results from The Japan Environment and Children’s Study

【著者名】
石塚 一枝1、山本 貴和子1、羊 利敏1、目澤 秀俊1、小西 瑞穂1、齋藤 麻耶子1、佐々木 八十子1、西里 美菜保1、佐藤 未織1、小枝 達也2、大矢 幸弘1、Japan Environment and Children’s Study Group3

1所属 国立成育医療研究センター エコチル調査研究部
2所属 国立成育医療研究センター こころの診療部
3グループ:コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンター長

【掲載誌】:Neurotoxicology
doi: 10.1016/j.neuro.2020.06.003

7.問い合わせ先

国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室 村上・近藤
〒157-8535 東京都世田谷区大蔵2-10-1
TEL:03-3416-0181(代表) Email:koho(末尾に@ncchd.go.jpをつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
〒305-8506 茨城県つくば市小野川16-2
TEL: 029-850-2308  Email: kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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