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2022年12月16日

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気候変動による経済影響評価の不確実性を
低減することに成功

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2022年12月16日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域
地球システムリスク解析研究室
 室長 塩竈秀夫
社会システム領域
地球持続性統合評価研究室
 主任研究員 高倉潤也
社会システム領域
 副領域長 高橋潔
 

   気候変動の将来予測には気候モデル間でばらつき(不確実性)があり、それが経済影響(被害額が国内総生産(GDP)の何%に相当するか)の評価にも不確実性をもたらします。国立環境研究所の研究チームは、世界全体の経済影響の不確実性幅を削減する手法を世界で初めて開発しました。観測データと比較して近年の世界平均気温トレンドが大きすぎる気候モデルの予測データを用いた経済影響評価は過大であることを示し、21世紀末の経済影響評価の不確実性幅の上限を2.9%から2.5%へと引き下げ、分散(ばらつきの指標)を31%削減できました。
   これは、気候変動予測の分野で開発された最新の不確実性低減手法を経済影響評価の分野に世界で初めて応用した研究成果であり、今後、気候変動の予測と影響評価の分野をまたいだ総合的な知見を得るために必要な道筋を示すものです。
   本研究の成果は、2022年12月6日付で環境分野の学術誌『Environmental Research Letters』に掲載されました。
 

1.研究の背景と目的

 21世紀末までの気温や降水量の変化予測には、気候モデル間でばらつき(不確実性)があり、その低減が求められています。最近の研究によって、将来の世界平均気温上昇が特に大きい気候モデルは、1980年から現在の世界平均気温上昇を過大評価する傾向があり、気温の予測に関する信頼性が低いため、気温予測の上限を引き下げられることが分かりました参考1。そのため「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書」では、多くの気候モデルの世界平均気温変化予測の幅をそのまま使うのではなく、低減された不確実性幅が示しました参考2。さらに本研究の代表者である塩竈らは、将来の世界平均降水量増加が特に大きい気候モデルは過去の世界平均気温上昇を過大評価しており、世界平均降水量の将来変化予測に関しても上限を引き下げられることを明らかにしました参考3
 このように気候変動予測の分野では、過去の観測データと気候モデルシミュレーションの比較に基づいて将来予測の不確実性を低減するEmergent Constraint(以下「EC」という。)と呼ばれる研究が、この10年ほど活発に行われてきました。気候変動の影響評価モデルにおいて入力データとして用いられる気候モデルの不確実性を減少させることができれば、影響評価の不確実性も低減できると期待されます。しかしながら、気候予測の不確実性低減に関する情報を影響評価に活用する手順はこれまで確立されておらず、気温や降水量の将来変化予測の信頼性が低いと考えられる気候モデルも含んだ影響評価の幅をそのまま示す研究が多いため、活用手順の改善が求められています参考4
 本研究では、気候変動予測の分野で開発された最新のEC手法を応用することで、気候変動の経済影響評価(被害額の評価)の不確実性を低減することを目的としています。

2.研究手法

 気候変動影響の評価分野でECの研究が進んでこなかった原因の一つは、計算資源の制約などから、世界で数十ある気候モデルの予測データを全て用いて影響評価を行うのが難しい事です。従来の影響評価の研究プロジェクトでは、将来予測のばらつきを少数のモデルでカバーする方法を検討した上で5つ程度の気候モデルを選んで入力データとして用いることが一般的でした参考5。一方EC研究では、多くの気候モデルを統計的に分析することで不確実性を低減しますが、5つ程度のデータ数では統計的な関係を議論することができません。
 この問題を克服するために、本研究では影響エミュレータという統計モデル参考6を用いました。この影響エミュレータは、気候モデルの気温と降水量の予測データだけを入力データとして、複雑な影響評価モデルによる経済影響評価参考7を再現できるように機械学習を用いて構築されたものです。ここでは、農業生産性・飢餓・暑さによる死亡・冷暖房需要・労働生産性・水力発電・火力発電・河川洪水・海面上昇の9分野の影響を被害額へ換算したものを扱います。この影響エミュレータに、IPCC第5次報告書に貢献した気候モデル群(CMIP5)と第6次報告書に貢献した気候モデル群(CMIP6)の中から67の気候モデルの気温変化、降水量変化予測データを与えることで、67の気候モデルに対する9分野の経済影響を計算しました。このように計算コストの低い影響エミュレータを用いることで得られた多数の経済影響評価のデータに、これまで開発されてきたEC手法を適用することで不確実性を低減できるかを調べました。

3.研究結果と考察

世界平均気温変化、降水量変化、世界の経済影響の不確実性低減の図
図1: 世界平均気温変化、降水量変化、世界の経済影響の不確実性低減。
(a)から(c)の横軸は、各気候モデルでの1980年から2021年の世界平均気温トレンド(℃/10年)。縦軸は将来の(a)世界平均気温変化(℃)、(b)世界平均降水量変化(%)、(c)気候変動による世界の経済影響(%)。×と◇は、それぞれCMIP5(31モデル)とCMIP6(36モデル)の気候モデル。黒い破線は回帰直線。青い横棒は、観測された(HadCRUT5データ) 1980年から2021年の世界平均気温トレンドに自然の揺らぎによる不確実性幅(5-95%幅)を加えたもの。黒い箱ひげ図は元々の不確実性幅(右端の凡例参照)。青い箱ひげ図は、観測された過去の気温トレンドとの比較に基づいて制約された不確実性幅。(d)分散が元々の値に対して何%減ったか。

 図1aからbの横軸は、1980年から2021年の世界平均気温トレンド(長期変化傾向)を示しています。縦軸は、温室効果ガスの濃度増加が中程度の場合(RCP4.5とSSP2-4.5)の67の気候モデルの世界平均気温と世界平均降水量の将来変化予測です。前述した先行研究が示すように、世界平均気温変化と世界平均降水量変化は、過去の世界平均気温トレンドと良い相関を持っており、過去の気温トレンドの大きい気候モデルほど将来の気温変化と降水量変化が大きい傾向があります。図1aからb下部の青い横棒は、観測された過去の気温トレンドに、気候システム内の自然の揺らぎ(エル・ニーニョ等)によって偶然生じえる幅を加えたものです。複数の気候モデルが過去の気温トレンドを過大評価していますが、それらの気候モデルでは将来の気温上昇と降水量増加も過大評価しているものと考えられます。この予測の信頼性に関する情報を加味すると、予測の不確実性幅(5-95%幅)を元々の黒い箱ひげ図から青い箱ひげ図の幅へと低減することができ、特に上限(95%値)を顕著に引き下げることができました。このECによって、気温変化予測と降水量変化予測の分散をそれぞれ41%と28%削減することができました(図1d)。
 ここまでは先行研究参考1,参考2と同様の結果ですが、将来の気温変化と降水量変化が大きいほど気候変動影響が強くなるため、過去の気温トレンドの大きい気候モデルを入力データにした場合に将来の経済影響も大きくなる傾向があることが新たにわかりました(図1c)。図1cの縦軸は、影響エミュレータによって求めた世界の気候変動経済影響(金銭換算した被害額が2080年から2099年のGDPの何%に相当するかを9分野で総計)です(横軸は図1aからbと同じ)。元々の不確実性幅は0.8%から2.9%ですが、ECによって低減された不確実性幅は0.8%から2.5%になります。上限が2.9%から2.5%へと顕著に低下し、分散も31%削減することができました。

各地域の暑さによる死亡、冷暖房需要、労働生産性の経済影響に関する不確実性低減の図
図2: 各地域の暑さによる死亡、冷暖房需要、労働生産性の経済影響に関する不確実性低減。
世界7地域における(a)暑さによる死亡、(b)冷暖房需要、(c)労働生産性の変化による経済影響(2080-2099年の各地域のGDPの何%に相当するか)。オレンジ色のボックスは元々の5-95%幅と50%値を、青いボックスは不確実性を低減したときの5-95%幅と50%値を表す。

 9分野の影響のうち特に被害額が大きいのは、暑さによる死亡、冷暖房需要、労働生産性の3分野です参考7。図2に世界の7地域におけるこれらの3分野の影響のGDPに対する比率を示します。暑さによる死亡の被害額は、人口の多いアフリカとアジア、冷房設備の少ない旧ソ連圏などで大きいです。また旧ソ連圏や欧州などの現在は冷房設備がいらない地域では、冷房設備を購入する費用が多く発生します。さらにアジアやアフリカでは、屋外労働者が暑熱関連疾患を避けるために必要な休憩時間が増加することで大きな経済損失が生じます参考8。これらの3分野の影響評価には大きな不確実性がありますが、ECによって多くの地域で不確実性幅の上限を下げられることが分かりました。
 これまで、多くの影響評価研究では、少数の気候モデルの実験結果だけを入力データとして用いて影響評価を行ってきたため、ECの研究を行うことができませんでした。単独の影響評価分野では、数十の気候モデルデータを入力データとした研究も行われていますが、不確実性を低減していない幅をそのまま示すことが多く、既に不確実性低減の研究が進んでいる気候変動予測の分野の知見とは整合しないという問題が生じています参考4。本研究では、気候モデル実験データ、影響エミュレータ、EC手法を組み合わせることで、統合的な経済影響評価に関しても過去の気候観測データとの比較によって不確実性を低減できることを初めて示しました。

4.今後の展望

 現在、日本参考9や世界参考10を対象地域とした大規模な影響評価研究プロジェクトが進んでいますが、それぞれ5つの気候モデルだけを入力データとして使用しています。特に、後者の世界を対象地域とした影響評価研究プロジェクトでは、過大な気温上昇を示す気候モデルのデータも使用しており、このままではEC研究の成果も考慮したIPCC第6次報告書の世界平均気温変化予測と整合しない影響評価結果の幅を示すことになりかねません。このような問題(ホットモデル問題と呼ばれています参考4)を解決するためには、我々が本研究で開発した手法を応用して、下記のようなアプローチで取り組むことが有用であると考えられます。

i. 5つの気候モデルデータを入力データとした影響評価結果を再現する影響エミュレータを構築する。 ii. i.で構築した影響エミュレータに多数の気候モデルデータを入力することで、不確実性幅を見積もる。 iii. ECの手法を適応して不確実性幅を低減する。
今後は、上述した影響評価研究プロジェクトなどと連携して、影響評価研究におけるホットモデル問題の解決に努めていきたいと考えています。

6.参考文献

参考1:Tokarska K. B. et al. 2020 Past warming trend constrains future warming in CMIP6 models. Science Advances
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aaz9549

参考2:Evans et a. 2021 「深掘りQ&A: 気候科学に関するIPCCの第6次評価報告書」, CarbonBrief (国立環境研究所訳)
https://www.carbonbrief.org/in-depth-qa-the-ipccs-sixth-assessment-report-on-climate-science-japanese/

参考3:塩竈ほか 2022「21世紀後半までの降水量変化予測の不確実性を低減することに初めて成功しました」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220222/20220222.html

参考4:Hausfather et al. 2022 Climate simulations: recognize the ‘hot model’ problem. Nature
https://www.nature.com/articles/d41586-022-01192-2

参考5:石崎2021 統計的ダウンスケーリングによる詳細な日本の気候予測情報を公開
~日本で初めて第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)に準拠~
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20210628/20210628.html

参考6:Takakura J., et al. 2021 Reproducing complex simulations of economic impacts of climate change with lower-cost emulators. Geosci. Model Dev.
https://gmd.copernicus.org/articles/14/3121/2021/

参考7:高倉ほか 2019「複数分野にわたる世界全体での地球温暖化による経済的被害を推計-温室効果ガス排出削減と社会状況の改善は被害軽減に有効-」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20190925/20190925.html

参考8:高倉ほか 2017 「地球温暖化によって追加的に必要となる労働者の熱中症予防の経済的コストを推計」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20170612/20170612.html

参考9:環境研究総合推進費S-18「気候変動影響予測・適応評価の総合的研究」
https://s-18ccap.jp

参考10:ISIMIP3 Protocol
https://www.isimip.org/protocol/3

7.研究助成

 本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202002、 JPMEERF20222002)と科学研究費補助金(JP21H01161)の支援を受けて実施されました。

8.発表論文

【タイトル】Uncertainty constraints on economic impact assessments of climate change simulated by an impact emulator

【著者】Hideo Shiogama, Jun’ya Takakura & Kiyoshi Takahashi

【雑誌】Environmental Research Letters

【DOI】10.1088/1748-9326/aca68d

【URL】https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/aca68d
 (外部サイトに接続します)

9.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 室長 塩竈秀夫

国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
地球持続性統合評価研究室 主任研究員 高倉潤也

国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
副領域長 高橋潔

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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