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2021年1月29日

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過去30年間のメタンの大気中濃度と放出量の変化
:化石燃料採掘と畜産業による人間活動が増加の原因に

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、千葉県政記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会同時配布)

2021年1月29日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人千葉大学
 

◆地表、航空機、衛星による観測は、温室効果ガスであるメタン(CH4)の大気中濃度が過去30年間(1988–2016年)に大きく変動したことを示しています。
◆気候変動の緩和策策定の際には温室効果ガスの放出分布や起源を正確に把握することが重要ですが、本研究では大気化学輸送モデルによる逆解析を利用して、それらが長期的にどのように変化しているかを詳細に調べました。
◆これまでは未解明だった大気中CH4濃度の増加率の鈍化(1988–1998年)および一時的な停滞(1999–2006年)の要因について、石油や石炭の採掘による放出量の減少や自然の気候イベントによる放出量の変動によって生じたことが分かりました。
◆2007年以降にCH4の大気中濃度が再び増加し始めた主要因は、中国での石炭採掘や、南アジア・東南アジア・南アメリカ・アフリカ地域での畜産業の成長などの人間活動です。
 

1.概要

 国立環境研究所(NIES・つくば市)と海洋研究開発機構(JAMSTEC・横須賀市)、千葉大学(千葉市)などで構成される国際研究グループ(統括はNaveen Chandra特別研究員/NIES)により、過去30年間にわたるメタン(CH4)の大気中濃度の増加率についての定量的な解析研究が行われました。CH4は重要な温室効果ガスであり、対流圏と成層圏における化学過程で重要な役割を果たしています。大気中のCH4は人間活動による気候変動や大気汚染の要因となる化学反応に関与しますが、過去30年間の大気中濃度の増加率の変動がどのような原因で起こったかに関して、これまで一致した科学的見解は得られていません。

1988年から2016年の南半球における観測とモデル計算によるメタン濃度の変動およびその増加率を表した図
図1 1988年から2016年の南半球における観測とモデル計算によるメタン濃度の変動(上)およびその増加率(下)。南半球の4つの遠隔海洋サイト(ケープグリム、パーマー基地、昭和基地、南極点)のデータを使用した。下のパネルの背景色はメタン濃度の増加率が異なる3つの時期を示す。上のパネルでは、期間1と期間3での濃度増加率の変動に影響が大きかった人為放出源が示されている。

 私たちは、十分に検証を行った化学輸送モデルを使って、地上や航空機、人工衛星で観測した大気中のCH4濃度データを解析し、1988年から2016年の期間について地域別のCH4放出量を推定しました(※1)。対象とした30年間は、CH4濃度の増加率が鈍化(期間1:1988–1998)、ほぼ停止(期間2:1999–2006)、再び増加(期間3:2007–2016)した、濃度変動の傾向が異なる3つの時期から成っています(図1)。

 本研究では、この30年間のCH4濃度の全球的な変動が、どのような過程や放出源によって生じたかを詳しく説明しています(※2)。モデルの逆推定による結果は、日本上空での航空機観測によって30年間にわたって取得された、地表から上空までの高さ別の観測データと比較することで、十分に検証を行いました。逆推定の結果は、期間1から期間3にかけて、主なCH4の放出源が北半球の中緯度側から低緯度側へと移り変わっていったことを示しています(図2b)。また、逆推定の放出量は、先験的な放出量情報に比べても北半球で違いが大きいことが分かります(図3a)。このことは、人工衛星によって観測されたCH4のカラム平均濃度(地表面から宇宙空間までの、単位面積あたりの気柱における平均濃度)(※3)の全球分布からも確認することができます(図3b-d)。

期間1における平均CH4放出量と期間1から期間3にかけてのCH4放出量の変化
図2 期間1における平均CH4放出量(a)と期間1から期間3にかけてのCH4放出量の変化(b)。 (a)の円グラフは、期間1における放出量の部門別の割合を示す。ただし、逆解析で最適化されるのは放出量の総計値であり、部門別の放出量は主として排出インベントリに基づいている。(b)の図では、ヨーロッパのほぼ全域と日本などで放出量の減少、中国や南アジア、アフリカや南アメリカなどで放出量の増加が顕著に見られる。
逆解析による放出量補正の分布、GOSAT NIESv2.72データによるCH4のカラム平均濃度(XCH4)の分布、先験値の放出量にもとづくモデル計算とGOSATのそれぞれによるXCH4の差、先験値に比べて、逆推定の放出量を用いた場合の図
図3 逆解析による放出量補正の分布(a)、GOSAT NIESv2.72データによるCH4のカラム平均濃度(XCH4)の分布(Yoshida et al., Atmos. Meas. Tech., 2013)(b)。XCH4の値は2.5×2.5度でグリッド化された。また、先験値の放出量にもとづくモデル計算とGOSATのそれぞれによるXCH4の差(c)および逆推定の放出量にもとづくモデル計算とGOSATのそれぞれによるXCH4の差(d)も示した。先験値(c)に比べて、逆推定の放出量を用いた場合(d)の方が、とくに北半球において衛星観測とより整合的な結果が得られていることがわかる。

 ヨーロッパとロシアからの放出は、特に石油・天然ガスの採掘や反芻動物(家畜)によるものでしたが、1988年以降に減少しており、さらにピナツボ火山の噴火に伴う湿原からの放出量の低下や度重なるエルニーニョの影響が加わることで、1990年代に見られたCH4濃度の増加速度の鈍化が生じていました(期間1、図4)。その後、2000年代前半は、大気中CH4濃度の増加はほとんど停止していましたが(期間2)、2007年から大気中CH4は再び増加しはじめました(期間3)。その原因は主に中国における石炭採掘の増加と南アメリカの熱帯域、北部-中央アフリカ、南アジアおよび東南アジアにおける反芻動物(家畜)の飼育、そして廃棄物処理によるものでした。2010年以降、中国の石炭採掘による放出増加は鈍った一方、北アメリカにおける石炭と天然ガスの採掘に伴う放出は増加しました(図4)。

1988年から2016年における地域別のCH4放出量の時間変動の図
図4 1988年から2016年における地域別のCH4放出量の時間変動。2通りの逆解析計算の結果にもとづいており、3つの放出部門の放出量の変化についてCH4濃度の増加率の異なる3つの期間に分けて棒グラフで示した。ここでは、放出量の偏差を示すため、地域別に長期平均(2000年から2016年)を差し引いた。各パネル中の数字は長期平均の放出量(Tg yr-1)を示している。

 日本に関しては、国内のCH4放出量は1980年代の3.5 Tg CH4/年から2000年代にかけて約35%減少し、それ以降は比較的一定になっていました(Tg [テラグラム]=1012グラム)。この研究で分析した期間では、亜寒帯域も含めて、気候の温暖化に関連した放出量の増加を示す証拠は得られませんでした。ここで行われた研究は、気候変動を緩和する上で、どの排出源を抑制することが有効かを示しています(つまり化石燃料採掘などエネルギー関連、家畜、廃棄物)。放出が生じている場所や起源の種類を詳細に把握することは、パリ協定に向けた緩和戦略を策定し実現していく上で極めて重要であるため、地理的にも時間分解能としても、現在よりも格段に密度の高い観測が必要になると考えられます。

2.研究助成

 本研究は、環境再生保全機構・環境研究総合推進費(JPMEERF20172001, JPMEERF20182002)、文部科学省・北極域研究推進プロジェクト(ArCS: JPMXD1300000000)および北極域研究加速プロジェクト(ArCS-II: JPMXD1420318865)を使いて実施されました。

3.発表論文

 本研究の成果は2020年12月4日に気象集誌(Journal of the Meteorological Society of Japan)よりオンライン出版されました。本誌掲載は4月の予定です。
【タイトル】
Emissions from the oil and gas sectors, coal mining and ruminant farming drive methane growth over the past three decades
(石油・ガス、炭鉱、畜産部門からの排出による過去30年間のメタン濃度の増加)
【著者】
N. Chandra1,2, P.K. Patra1,6, J. S. H. Bisht1, A. Ito2, T. Umezawa2, N. Saigusa2, S. Morimoto3, S. Aoki3, G. Janssens-Maenhout4, R. Fujita5,3,*, M. Takigawa1, S. Watanabe1, N. Saitoh6, J.G. Canadell7
【所属】
1. 海洋研究開発機構 (JAMSTEC), 横浜, 236-0001, Japan
2. 国立環境研究所, つくば305-8506, Japan
3. 大学院理学研究科, 東北大学, 仙台980-8578, Japan
4. European Commission, Joint Research Centre (JRC), Directorate for Energy, Transport and Climate, Air and Climate Unit, I-21027 Ispra (VA), Italy
5. Department of Physics, Imperial College London, London SW7 2AZ, United Kingdom
6. 環境リモートセンシング研究センター, 千葉大学, 千葉, 263-8522, Japan
7. CSIRO Oceans and Atmosphere, G.P.O. Box 1700, Canberra, ACT 2601, Australia
*現所属:気象研究所
【DOI】
10.2151/jmsj.2021-015
【URL】
https://doi.org/10.2151/jmsj.2021-015

4.補足情報

※1
JAMSTECの大気化学輸送モデル(ACTM)は大気海洋結合モデル(MIROC4)をベースとしており、気象場、地表放出と吸収、大気中での化学反応(水酸化ラジカルOH、励起酸素原子O(1D)、塩素ラジカルCl)を与えて大気中のCH4濃度をシミュレーションする。本研究では、まず、地表放出量の先験値を与えてACTMによる大気中のCH4濃度を計算した(補足図1)。逆解析モデルでは、1988年から2016年の期間について、米国大気海洋庁(NOAA)による19の観測サイト(補足図2の黒色の三角で表示)におけるモデルと観測データの差を利用して、全球を53の陸上領域に分けて最適化された放出量を推定した。さらに、最適化された地表放出量(逆解析値)を用いて、ACTMによる大気中のCH4濃度を計算し、航空機や衛星により取得された観測データに対する検証を行った。ACTMによる解析の詳細については下記を参照。
https://www.jamstec.go.jp/e/about/press_release/20160201/【外部サイトに接続します】

本研究での解析手法の概略図
補足図1 本研究での解析手法の概略図。
本研究の逆解析に用いた地上観測データの位置を表した図
補足図2 本研究の逆解析に用いた地上観測データの位置(黒い三角)。また、逆解析では色で区別された53領域に分けてCH4放出量の最適化が行われた。各観測サイトは、世界気象機関(WMO)に従ってアルファベット3文字のサイトコードで表示されている。

※2
CH4の全球収支を、十年平均での正味の放出量、化学反応による消失量、大気存在量/濃度に分けて解析した。以下の表は、本文中の濃度増加率の異なる時期(期間1−3)および十年毎の平均値としてのメタンの全球収支を示す。

本文中の濃度増加率の異なる時期(期間1−3)および十年毎の平均値としてのメタンの全球収支を示した表

※3
メタンのカラム平均濃度(XCH4)は、宇宙航空研究開発機構が2009年に打ち上げた温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)に搭載のフーリエ変換分光型の温室効果ガス観測センサ(TANSO-FTS)によって観測された(Kuze et al. 2016)。本研究では、国立環境研究所(NIES)によってフルフィジクス法を用いて濃度が導出されたプロダクトバージョン2.72(NIESv2.72)を使用した(Yoshida et al. 2013)。MIROC4-ACTMシミュレーションの鉛直分布をTANSO-FTSの観測地点と時刻に合わせて抽出し、NIESv2.72の濃度導出の際に用いた先験値の鉛直分布とカラムアベレージングカーネルを用いて畳み込み積分を行った。本研究では、個々のXCH4観測データとモデルシミュレーションデータを2.5×2.5度のグリッドで平均して解析した。

5.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 
地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室
室長 伊藤昭彦 

環境計測研究センター 動態化学研究室
主任研究員 梅澤 拓

国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター 物質循環・人間圏研究グループ グループリーダー代理
主任研究員 パトラ・プラビール

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
e-mail:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
tel:029-850-2308

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